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異動・昇格の移行期を乗り越える!人事が取り組みたい「トランジション・マネジメント」とは?

異動・昇格の移行期を乗り越える!人事が取り組みたい「トランジション・マネジメント」とは?
中途入社や部署異動、あるいは管理職への昇格など、従業員を取り巻く環境が大きく変わるタイミングがあります。
こうした変化の節目において、人事が適切に介入しサポートする「トランジション・マネジメント」の重要性が高まっています。
本記事では、人事やキャリア形成において、トランジションとは何を意味するのか、また重要度が高まっている背景を紐解いていきます。

ビジネス・人事用語としてのトランジションの定義

人事領域における「トランジション」とは、従業員のキャリアや役割が変化する移行期や過渡期を指す言葉です。
具体的には、次のような節目が該当します。

・中途入社や新卒入社(組織への移行)
・部署異動や転勤(新しい環境・業務への移行)
・リーダーや管理職への昇格(新たな役割・責任への移行)

トランジションは、単なる肩書の変化を意味するものではありません。これまでのやり方が通用しなくなるなかで、
新しい価値観やスキルを身につけ、周囲との関係性を再構築するプロセスそのものを指します。この移行期をうまく乗り越えられないと、
パフォーマンスの低下やメンタル不調、最悪の場合は早期離職につながってしまいます。

なぜ今、トランジション期の従業員支援が求められるのか?

多くの企業でオンボーディング支援が人事・マネジメントにおける重要な課題として位置づけられるようになってきており、
この「トランジション期」に注目が集まっています。その最大の背景にあるのが、人材の流動性の高まりと、ビジネス環境の変化の激しさです。

終身雇用が前提だった時代であれば、時間をかけて組織の文化に馴染むことができました。しかし、AIの台頭により事業環境の変化スピードが
著しく加速している現代においては、社内から昇進・異動しようが、社外から中途で転職してこようが、
誰もが「即戦力」としての活躍を求められるようになっています。

多様なバックグラウンドを持つ人材が交じり合う組織において、個人の力だけで新しい環境に適応するのは非常に困難です。
また組織にいる既存の社員も正解を持っているわけではありません。
従業員がトランジション期につまずくことは、もはや個人のスキル不足という問題に留まらず、組織全体の生産性を押し下げ、
事業成長を阻害する「事業課題」そのものと言えます。

だからこそ、企業側が意図的にトランジション・マネジメントを行い、早期の適応と活躍を後押しする仕組みが必要不可欠なのだと考えます。

なぜトランジションがうまくいかないのか?

人事による研修やオンボーディング支援、また事業現場でのメンター制度や業務マニュアルによるインプットがあるにもかかわらず、
トランジション期につまずいてしまう人が後を絶ちません。
その根本的な原因は、スキルや知識の不足ではなく、働く個人の「内面」で起こる葛藤にあります。

やり方はアンラーニングできても「アイデンティティ」は捨てられない

中途入社や異動、昇格をした際、新しい仕事のやり方自体は、学習棄却(アンラーニング)して比較的早く覚え直すことができます。
しかし、これまでの環境で築き上げてきたアイデンティティや大切にしてきた価値観は、そう簡単に横へ置くことができません。

・新卒社員であれば「学生」としての自分
・中途社員であれば「前職の社員」としての自分
・異動者であれば「前部署で活躍していた自分」
・昇格者であれば「責任が限定的で、のびのび働いていたメンバーとしての自分」

新しい環境に適応するためには、これらの過去のアイデンティティを一度終わらせ、新たなアイデンティティを確立する必要があります。
しかし、この切り替えは決して容易なことではありません。

新しい役割を前にした「葛藤と喪失感」が壁になる

周囲は着任したその日から、新しい役職や立場の人間としてその人を見ます。
しかし、本人の内面ではまだ新しいアイデンティティが形成されていません。それどころか、以前のアイデンティティを手放すことに対する葛藤や寂しさ、
一種の喪失感すら抱いている状態です。

たとえば、新たに入社してくれた新卒社員や中途社員が入社直後の挨拶で、
「(新しい会社名)さんでも頑張ります!」
と発言しているのを聞いたことはないでしょうか。自社に「さん」づけは本来おかしいはずなのにも関わらず、です。
これはまさに、本人がまだ「外部の人間」「前職の自分」という古いアイデンティティで話している証拠です。

「(新しい会社名)の〇〇です」「(新しい役割)の〇〇です」と心の底から素直に言えるようになるまでには一定の時間がかかり、
その間、本人の中には期待、不安、寂しさ、悲しさなどの様々な感情が渦巻いています。

筆者の知人である企業の優秀なプレーヤーは、過去に強烈なトランジションの壁を経験したと語っています。
それは彼が「管理職に昇格する」と予期できた瞬間のことでした。それまでは現場の最前線でプレーヤーとして成果を出すことに
やりがいを感じていたにもかかわらず、マネジメントという新たな役割が見えた途端、
急に尻込みしてしまい、「ちょっと逃げたい」と思ってしまったそうです。

これは決して業務への不安だけではありませんでした。「現場で自由に走り回っていた自分」を終わらせ、評価される側から評価する側、
責任を人に負ってもらう側から人の責任も負う側へとアイデンティティが変化することへの、本能的な恐れだったのだと彼は振り返っています。
トランジション期にある人の心の中には、このような葛藤や恐れが存在しています。

その見えない感情が周囲に受け入れられなかったり、無理に新たな役割通りふるまうことで苦しくなってしまう。
それこそが、トランジションがうまくいかず、パフォーマンス不全や離職を引き起こす最大の理由です。

なぜ「トランジション支援=現場の管理職支援」になるのか?

トランジション期における適応課題は、個人の努力だけで乗り越えるのが難しいものです。だからこそ周囲のサポートが不可欠になりますが、
その役割を現場の管理職(マネージャー)だけに押し付けてはいけません。

プレイングマネージャー化する管理職の「限界」

現在の日本の多くの企業において、管理職は非常に過酷な状況に置かれています。自身の業務目標を達成しながら、
部下の育成や労務管理も担う「プレイングマネージャー」が当たり前になっているからです。

ただでさえ日々の業務で疲弊しているなかで、加えて中途社員や異動者の見えない内面の葛藤にまで寄り添い、
ケアをしてほしいと求めるのは、無理ゲーではないでしょうか。
「もっとマネジメントに時間を割いてほしい」という願いとは裏腹に、物理的・心理的な余裕がないのが現場のリアルな実態です。

人事施策での介入がマネジメントを強化し、事業課題を解決する

そこで重要になるのが、人事施策による意図的かつ体系的なトランジション支援です。人事が主導して、
移行期にある人材のオンボーディング(組織への適応サポート)を丁寧に行うことで、現場の管理職の負担を大幅に軽減できます。

トランジション支援は、次のような連鎖を生み出す、戦略的な投資と言えるでしょう。

1.人事の支援により、新任者の適応が早まる
2.現場の管理職の「育成・ケア」にかかる工数が減る
3.管理職が本来のマネジメント業務や事業戦略の遂行に集中できる
4.チーム全体のパフォーマンスが向上し、事業課題の解決につながる

つまり、『トランジション支援=現場の管理職支援』であり、それが最終的に事業課題の解決へと直結することでしょう。

従業員のトランジション期間をマネジメントするためのポイント

表面的なスキル研修だけでは解決しない適応課題(内面や関係性の課題)を乗り越えるために、具体的にどう動くべきか。ここでは3つのポイントを紹介します。

ステップ1:トランジションの3つのフェーズを理解する

まずは、当事者が今どのような心理状態にあるのかを、人事と受け入れ側の組織が理解することが重要です。
ウィリアム・ブリッジズが提唱した「トランジション理論」では、移行期は次の3つのフェーズで進行するとされています。※1

1.終焉(終わらせる)
過去のアイデンティティや慣れ親しんだ環境を手放す時期。喪失感や恐れを伴う。

2.中立(ニュートラルゾーン)
古いものは終わったが、新しいものにはまだ適応できていない空白の時期。混乱や苦悩が生じやすい。

3.開始(新しい始まり)
新たな価値観やアイデンティティを受け入れ、新しい役割を生き始める時期。


この「終焉」「中立」の時期にいる人に対して、頭ごなしに結果を求めても逆効果です。
中途社員などの自ら望んで環境やアイデンティティを変えようとしている人はともかく、
昇格や異動などの「想定していなかった」「自ら望んだわけではない」人にとっては、
本人の中で過去のアイデンティティを手放すのに時間がかかります。今は混乱して当然の時期であると認識し、見守る姿勢が求められます。

ステップ2:「面談・コーチング」で内面の葛藤に寄り添う

トランジション期の見えない壁を乗り越えるためには、本人が抱えている「逃げたい」「寂しい」「やり方がわからず苦しい」といった感情を
安全に吐き出せる場が必要です。そこで有効なのが、定期的な面談(1on1)やコーチングの導入です。

ただし、これを直属の上司(評価者)に行わせるのは得策ではありません。当事者は
「評価が下がるかもしれない」「こんなことは人に言うことでもない、自分で解消すべきだ」
と本音を隠してしまうからです。人事担当者との面談、斜め上の先輩によるメンタリング、あるいは外部のプロコーチによるコーチングなど、
『利害関係がなく、評価を気にせず話せる第三者』をアサインすることが、真の心理的支援につながります。

ステップ3:現場を巻き込んだ「対話型組織開発」で関係性を再構築する

個人の内面をケアした後は、周囲のメンバーとの「関係性」を編み直す必要があります。
どれだけ本人が新しいアイデンティティを受け入れようとしても、受け入れ側の組織がよそ者として扱っていては、適応は進みません。
ここで力を発揮するのが、対話型組織開発のアプローチです。

上意下達でルールを決めるのではなく、新任者と既存メンバーがフラットな関係で対話を重ね、お互いの価値観や背景を共有しながら、
新しい組織のあり方を共創していく手法です。
「私たちは今後どう働いていきたいか?」「お互いの強みをどう活かすか?」といった
未来志向の問いにチーム全員で向き合うプロセス自体が、最強のオンボーディングとして機能することでしょう。

まとめ

人材の流動化が当たり前となった今、異動者、中途入社者、新任管理職が直面するトランジションの壁を放置することは、企業にとって大きな損失です。
人事による戦略的なトランジション支援は、現場のマネジメント負担を軽減し、組織全体のパフォーマンスを底上げすることにつながるのではないでしょうか。

過去のアイデンティティを手放すのには勇気と時間がいる。その前提に立つと、トランジション期間を乗り越えるオンボーディング施策の設計が
より意味のあるものに変わってくるのかもしれません。

参考文献

※1 ウィリアム・ブリッジズ(著)、倉光修・小林哲郎(訳)『トランジション――人生の転機を活かすために』(フェニックスシリーズ)パンローリング株式会社、2014年