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2023.06.23
「個別最適な学び」が進む中での、集合研修のあり方を考える
「個別最適な学び」とは
個別最適な学びは、文部科学省の令和3年答申による今後の学校教育方針にて提唱されているものになります。具体的には、「指導の個別化」と「学習の個性化」の2つの側面があり内容は下記のとおりです。[i] [ii]
指導の個別化|一人一人の特性や学習進度、学習到達度に応じ指導方法・教材や、学習時間の柔軟な提供・設定を行う (決まった目標への進み方が個別 筆者注釈)
学習の個性化|個人の興味・関心・キャリアの方向性に応じた異なる目標に向けて、一人一人に応じた学習活動や学習課題に取り組む機会を提供する (目標自体も学習者に応じて個別 筆者注釈)
あくまで「学校教育」の文脈であるため、より「組織化」に重点を置いた企業教育と異なる部分は多いものの、このような個別最適化の流れは企業教育でも進んできております。実際、弊社でも選択型研修等の今までの画一的な研修、育成施策から、より個の状況に合わせた育成施策を設計することが多くなっております。
「個別最適な学び」が進む背景
個別最適な学びは主に、個人の特性の差異に注目され始めたこと、各個人が今まで置かれた状況が多様になっていること、そして個別化に対応できる技術革新によるものだといえます。本記事では技術革新については触れず、前者2つについて、すでに周知なことではありますが簡単に整理します。
個人特性の差異
多様性という言葉もありますが、そもそも個人個人によって学習スタイルや得手不得手、興味関心がバラバラであるがゆえに、画一的な教育指導では限界があることがいままで課題視されてきました。それゆえ、同じものを学ぶ際でも個人にあった学習方法を指導し、「誰一人として取り残さない」ために技術を活用した教育指導の在り方が模索、提唱されるようになりました。
加えて、「与えられたものを学ぶ」だけではなく、各個人の興味関心に沿った学習テーマを学ぶ機会を設けることで、「個人の自主性」を育むことが意図されています。こうした教育方針は、今後入社する社員が今まで以上に「個別化された学びに親和性・親近感を持っている」こと、「入社動機がより今までの自主的な学びの結果や興味関心が反映されたものになる」ことが考えられます。
各個人が置かれてきた状況・環境の違い
各個人の現状特性の差異に加えてですが、それぞれの置かれてきた、置かれている状況の差異が際立ってきたこともあります。今まで、少なくとも学生時代までの経験は大きな差異はないものでした。しかし、多様な学びや経験/体験の場が増えたことや、家庭の所得差が大きくなるなかで、子どもの教育格差・経験/体験の差が如実に現れるようになりました[iii] [iv]。こうした取り巻く状況・環境の多様化よる教育・経験/体験の差から「企業に入社する段階ですでに前提が異なる」ことが、今まで以上に大きくなる点は留意するポイントと言えます。
企業教育の場面でも、すでに自己啓発制度やe-learningを活用した個別学習が多く取り入れられてきました。今まである程度共通した内容を実施していた導入研修についてもe-learningなどを活用し、各個人の状況にあった形で学べるような設計を一部取り入れるようになっています。
各個人の特性や状況に合わせ、その個人が必要となる、求める学びを提供することは一見良い点ばかりだとも言えます。しかし、同時に「個別化」が進むことによる弊害も考える必要があります。次の項目からは、文部科学省の答申にて「個別最適な学び」と併せて議論されている内容も踏まえながら、集合型研修の在り様を考えていきます。
個別最適な学びと同時に大切なこと
先述の文部科学省の答申では、「個別最適な学び」に併せ「協働的な学び」についても言及されています。具体的には下記のとおりです。
協働的な学び|あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、様々な社会的な変化を乗り越え、持続可能な社会の創り手となることができるよう、必要な資質・能力を育成する学び
上述のことは、「かけがえのない他者の存在やそのあり様を学び、他者と共存する社会で協働し価値を生み出すための学び」と言えるのではないでしょうか。またここでの他者とは、他人としての他者だけではなく、自分とは異なるすべのもの(=異他なるもの)としての他者とも解釈できます。
こうした「他者と学ぶ、他者から(を)学ぶ」観点が、企業人としても様々な環境において多様な人と働き、価値を生み出すために求められることではないでしょうか。その機会として、集合研修こそが非常に重要な立ち位置を持つことになると考えています。
大切なのは「異他なるもの」を学ぶこと 集合研修のありかた
研修とは「職業上必要な知識や技能を高めるため職員を一定期間教育することやそのための講習(精選版 日本国語大辞典)」と定義されています。しかし、こうした知識・技能のインプットについては、e-learningなどによる代替が可能であり、それこそ「個別最適な学び」とする教育設計で行えることだといえます。
しかし、学校教育が教科的な学び以外に集団生活を通じた学びを重視するように、企業教育においても組織で働くこと、組織の一員として組織を形成・変革していく担い手としての教育の場が必要だといえるのではないでしょうか。それゆえ、集合研修を「他者と時間と空間を共有しながら学ぶ機会」と捉え、「人と学ぶ、人から(を)学ぶ」側面を重視した学習を行うことが重要なのではないでしょうか。
具体的には、いつも接している職場の人ではなく、多様な部署・職場から人を集め、議論することで、視野を広げ・視座を高め、組織の全体像を構造的に理解する機会とすることが挙げられます。あるいは、ある一つのテーマについて、答えを教えるものではなく「答えを創る」機会として議論や意見交換を行う場としても機能します。こうした考えはブレンディットラーニングによるアクティブラーニングにも適応されます。
また、集合研修は今いる環境・状況から離れるという特徴もあります。この特徴は、今いる職場環境、課題を一旦外部目線で客観的に眺め、他者と話し合いながら改善・解決方法を模索し議論する場として機能します。それ以外にも、実践練習の場として、「模索・失敗が安心して行える場」として活用することもできます。
上記のような議論や意見共有は、e-leaningのLMS機能の向上により行いやすくなってはいるものの、実際に活用されるのは一部となりがちではないでしょうか。集合研修のようにリアルタイムに行われる方が、活発な議論が起きやすい感覚があります。
終わりに
「他者と学ぶ、他者から(を)学ぶ」ということは、弊社では「水平学習」という言葉でお伝えすることがありますが、他者と時間・空間を共有する利点、そして職場からいったん離れるという利点を活用した研修を設計していくことがこれから重要となるのではないでしょうか。
「個別最適な学び」で各個人の知識・技能は向上することが可能ですが、同時にその知識・技能をどのように活用するかや、組織や社会で協働する上で土台となる異他との関わり方を学んでいくために集合研修を活用していくことは、「様々な観点で職場や企業について考え、議論することによる組織・企業変革の場」としても機能するように感じます。今までのように前例に則りすぎるなど、同じことの繰り返しでは企業を存続させることに限界がある現代では、こうした機会を設計することが大切であるようにも感じています。
最後に、本記事が少しでも貴社における今後の集合研修の位置づけについて考えるヒントになれば幸いでございます。
参考文献
[i] 「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申) 文部科学省
https://www.mext.go.jp/content/20210126-mxt_syoto02-000012321_2-4.pdf
[ii] 学習指導要領の趣旨の実現に向けた個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に関する参考資料 文部科学省
https://www.mext.go.jp/content/210330-mxt_kyoiku01-000013731_09.pdf
[iii] 格差と子どもの育ち--家庭の経済状況が与える影響 小林 美津江
(立法と調査 / 参議院事務局企画調整室 編 (298), 86-98, 2009-11参議院事務局)
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2009pdf/20091101086.pdf
[iv] 子どもの「体験格差」実態調査 中間報告書
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン
https://cfc.or.jp/wp-content/uploads/2022/12/report_taikenkakusa.pdf