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2026.09.28
探究学習で自律的人材は育つか|解のない時代の育成論

2022年度から高等学校で「総合的な探究の時間」が本格的に始まりました。正解のない問いに向き合い、
自分で課題を設定し、調べ、まとめ、振り返る。そうした学びを経験した人材が、これから企業に入ってきます。
一方、企業の研修は長らく「正しいやり方を効率的に伝える」ことを軸に設計されてきました。
この設計が間違っているわけではありません。業務の標準化やスキルの底上げには、体系立てて教える形式が確実に機能します。
ただ、その両方を並べたときに、育成担当者として考えたくなる問いがあります。
学校で問いを立てる訓練を受けてきた層に対して、企業側の学びの場はどう応えられるのか。
そして「自律的人材を育てたい」という多くの企業が掲げる目標に、探究学習の考え方はどこまで手がかりになるのか。
この記事では、探究学習の定義と背景を整理したうえで、企業の人材育成にどう接続できるかを考えていきます。
探究学習とは?企業の人材育成担当者が押さえるべき定義
探究学習とは、学習者が自ら問いを持ち、課題を設定し、その解決に向けて主体的に行動する学びのあり方を指します。知識を覚えることではなく、問いに向き合うプロセスそのものに学習の中心が置かれている点が特徴です。
なお「探究学習」という言葉は教育現場で広く使われるようになった呼称であり、文部科学省の学習指導要領では「探究的な学び」と表現されています。この記事では両者を同義として扱います。
文部科学省が示す4つのプロセス
文部科学省は探究的な学びの枠組みとして、次の4つのステップを示しています。

企業の育成担当の方がこの4ステップに既視感を覚えたとしたら、正しい感覚です。課題を設定し、情報を集め、分析し、アウトプットする。業務そのものの進め方と大きく変わりません。この重なりは記事の後半であらためて掘り下げます。
補足しておくと、学習指導要領には「課題の設定から始めなければならない」とは明記されていません。実際の学びの現場では、これらのステップは順番通りに進むというより、相互に行き来しながら深まっていくものとされています。
「探究」と「探求」は何が違うのか
同じ「たんきゅう」でも、漢字によって意味が変わります。「探求」は、未知の領域に向かって外へ広がっていく探索です。新しい情報や可能性を求めて動く、能動的な営みを指します。
対して「探究」は、答えが定まっていないテーマに対して、問いを深めながら多面的に考えるプロセスです。たとえば「働くとは何か」という問いに対して、経済的な観点、心理的な観点、社会的な観点から考えたり、自分や他者の経験に照らして意味を掘り下げたりする。単に知識を得るのではなく、自分の価値観そのものが揺らぎ、組み替えられていく性質を持ちます。
外に向かうのが「探求」、内と外の関係を問い直すのが「探究」。両者は対立するものではありません。新しいことを知ろうとする探求が深い問いを生み、そこで得た洞察がさらなる探求を促す。この往復のなかに学びが生まれます。
人材育成の文脈でいえば、スキル習得は「探求」に近く、キャリア観や仕事観の再構築は「探究」に近い。どちらか一方ではなく、両方が回っている状態が望ましい形です。
探究学習で育つとされる3つの力
探究学習を通じて育まれる力として、主に次の3つが挙げられます。
レジリエンス
学びのプロセスでは、思ったように情報が集まらない、仮説が外れる、発表がうまくいかないといった小さな失敗が繰り返し起こります。その都度立て直す経験が、困難に直面したときの回復力につながるとされています。
クリティカルシンキング
多様な情報源にあたり、その根拠を問われる場面が続くため、事実と意見を区別しながら考える習慣が身につきます。既存の枠組みから外れた発想を出す機会もあり、論理的思考と水平的思考の両方が刺激されます。
コミュニケーションスキル
このプロセスは個人作業では完結しません。他者と意見を交わし、自分の考えを伝わる形にし、相手の視点を理解する。この往復のなかでコミュニケーションの技術が磨かれていきます。
いずれも、企業が若手に期待する能力と重なります。ただし、こうした力が実際にどの程度身についているかは、学校や自治体、担当教員によって差が生じます。この点は次の章で触れます。
なぜ今、企業研修の文脈で探究学習が注目されるのか
探究学習が企業の人材育成と接点を持つ理由は、大きく2つあります。学校教育の変化によって学び方の前提が異なる人材が入社してくること。そして、企業側の育成環境が構造的に変わりつつあることです。
2022年度から「総合的な探究の時間」が本格導入された
高等学校では2022年度入学生から新しい学習指導要領が適用され、「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」へと改められました。単なる名称変更ではなく、生徒が自ら問いを立てることを学びの中心に据えるという、方向性の転換を伴うものです。
背景にあるのは、知識の暗記だけでは対応しきれない課題が増えているという認識です。変化の速い環境のなかで、思考力・判断力・表現力をどう育てるか。その手段として探究的な学びが位置づけられました。この学習指導要領のもとで高校生活を送った世代は、2025年春に高校を卒業しています。4年制大学に進んだ層が新卒として入社するのは2029年春。新卒採用の中心となる大卒者に経験者が本格的に含まれ始めるのは、数年先ということになります。
裏を返せば、いまは準備期間です。研修プログラムの設計や見直しには時間がかかりますし、育成担当者の側が探究的な学びの考え方を理解しておく必要もあります。数年後に「学び方の前提が違う新人」を迎えることが分かっているのであれば、そこから逆算して育成の設計を考えておく価値があります。
加えて、この考え方そのものは、いま在籍している社員の育成にも応用できます。記事の後半であらためて扱います。
探究の経験値には大きなばらつきがある
注意が必要なのは、「探究学習を経験した世代だから自律的なはずだ」という前提を置かないことです。
制度としては全国の高等学校に導入されていますが、実際にどのような学びが行われたかは、自治体、学校、担当教員によって相当な幅があります。外部機関と連携して数か月かけてプロジェクトに取り組んだ生徒もいれば、与えられたテーマについて調べてスライドにまとめる作業で終わった生徒もいる。同じ履歴でも、中身はまったく異なります。教育現場でも、この点は課題として認識されています。必要な教材やファシリテーションの技術、外部の専門家との連携といった資源が十分に確保できないと、学びが形式的な作業に流れやすい。時間割やカリキュラムの制約から、十分な時間を取れないという声もあります。
企業側が持つべき構えは、「探究をやってきたはずだ」という期待ではなく、「触れた度合いに個人差がある」という前提に立つことです。過度な期待こそが、現場でのすれ違いを生みます。自分で問いを立てられるはずだと放置された結果、何をすればいいかわからず固まってしまう。そうした事態は期待の掛け違いから起こります。
「ゆるい職場」化で、企業側の成長機会が細っている
企業側の変化も見ておく必要があります。古屋星斗氏は『会社はあなたを育ててくれない』(※1)のなかで、2010年代後半以降の労働法改革を経て、日本企業が「ゆるい職場」へと変化してきたことを指摘しています。労働時間が短くなり、職場環境が改善された一方で、若手にとって質的な負荷のかかる経験や成長機会は乏しくなったという構造です。
同書ではさらに、専門性の獲得に必要な投資量を「最低必要努力量」と呼び、それが「社会で専門家だと認められるための投資量」であるとしています。そして現在の環境では、この投資量を一つの企業の仕事だけで満たすタイミングが後ろ倒しになる圧力がかかっているとも述べています。
この指摘を人材育成の文脈に置き直すと、ひとつの構図が見えてきます。学びに前向きな姿勢を持つ人材が入社してきても、企業側にその意欲を受け止める機会が用意されていない。研修は整備されているが、そこで扱われるのは正解のある課題ばかりで、自分で問いを立てて掘り下げる余地が少ない。
この状態が続いたとき、意欲のある若手は社外に学びの機会を求めるか、学ぶこと自体への熱量を下げていくかのどちらかに向かいやすくなります。
探究学習が企業研修の文脈で語られるようになった背景には、こうした事情の重なりがあります。学校教育の側で学び方が変わり、企業の側では成長機会の設計が問い直されている。その両方が同じ方向を向いているのが、いまの状況です。
探究学習と経験学習は、実は同じ構造をしている
ここまで読んで、「探究学習は学校教育の話であって、企業研修とは別物ではないか」と感じた方もいるかもしれません。しかし、そのプロセスを分解していくと、人材育成の世界で長く使われてきた枠組みと驚くほど近い構造をしていることがわかります。
コルブの経験学習サイクルと並べてみる
企業の人材育成に携わる方であれば、デイヴィッド・コルブの経験学習モデル(※2)をご存知でしょう。人が経験から学ぶプロセスを、4つの段階の循環として捉えたものです。このモデルと、文部科学省が示すプロセスを並べてみます。

厳密に一対一で対応するわけではありませんし、両者は異なる文脈で発展してきた枠組みです。それでも、経験する→振り返る→意味づける→次に試すという循環構造は共通しています。
もうひとつ重要な共通点があります。どちらも直線的なプロセスではないという点です。探究のステップは順番通りに進むものではなく相互に行き来するとされていますし、経験学習も一周して終わりではなく、繰り返し回ることで学びが深まっていく。この「回り続ける」という性質が、両者の本質にあります。
企業研修に足りないのは「問い」と「振り返り」だった
こう並べてみると、企業研修が経験学習サイクルのどこを担ってきたかが見えてきます。
多くの研修は、知識やスキルを体系的に伝える設計になっています。経験学習でいえば「抽象的概念化」を外部から提供する行為に近い。うまく整理された概念を受け取ることで、学習者は自力で概念化する手間を省けます。効率的ですし、業務の標準化という目的には確実に機能します。
一方で、前後の工程が手薄になりやすい。研修の前に「自分は何を知りたいのか」という問いを持つ時間があるか。研修の後に、学んだことを実務で試し、その結果を振り返る場が用意されているか。ここが空白のまま研修だけが独立していると、学びは循環せずに一回きりで止まります。
研修後のアンケートでは評価が高いのに、3か月後に現場を見ると何も変わっていない。育成担当者が抱えるこの感覚は、サイクルが回っていないサインです。探究学習が示唆するのは、この「問い」と「振り返り」の重要性です。学校現場で「課題の設定」が最も難しいステップとされているのは、そこに学びの起点があるからにほかなりません。
新しい手法ではなく、育成の原点に近い
ここまでの整理から言えるのは、探究学習は企業にとって未知の手法ではないということです。経験から学ぶ、内省を通じて意味づける、次の実践につなげる。これらは人材育成の分野で長く重視されてきた考え方であり、OJTの設計思想や1on1の運用にも組み込まれてきました。学校教育の文脈で体系化されたものが探究学習だと捉えることができます。
したがって、企業がすべきことは既存の研修体系を捨てて探究型に置き換えることではありません。いま実施している施策のどこで学びのサイクルが途切れているかを確認し、そこに問いと振り返りを差し込んでいくほうが現実的です。
体系立てて教える研修と、自ら問いを立てる学び。この2つは対立するものではなく、循環のなかで異なる役割を担っています。前者があるから概念を効率的に獲得でき、後者があるからその概念が自分のものになる。どちらが欠けても、学びは十分に回りません。
「やらされ探究」と「やらされ研修」は同じ構造で起きている
企業への取り入れ方に進む前に、先に確認しておきたいことがあります。学校現場ですでに起きている失敗のパターンです。これを知らずに形だけ導入すると、企業でも同じことが起こります。そして厄介なことに、その失敗はかなり見覚えのある形をしています。
学校現場で起きている「やらされ探究」とは
教育現場では、探究学習が形骸化した状態を指して「やらされ探究」という言葉が使われることがあります。生徒が主体的に取り組めない、自分で進められない。そうした状態が続いた先にあるのが、この「やらされ探究」です。プロセスとしては4ステップを踏んでいる。課題を設定し、情報を集め、分析し、発表もする。形式は完璧に整っている。それでも、生徒本人にとっては課された作業以上のものになっていません。
原因のひとつとして指摘されているのが、課題の設定のあり方です。本来、課題は生徒自身の疑問や関心から立ち上がるものですが、形式的にテーマだけが与えられると「なぜこれに取り組むのか」という意義を感じにくくなります。その結果、続く情報収集や分析が作業に流れ、自分の問いに向き合うという本質から離れていきます。
プロセスを正しくなぞることと、探究が起きていることは別だということです。
企業研修でも同じことが起きていないか
視線をみなさんの会社に向けてみましょう。グループワークがあり、ケーススタディがあり、最後に発表がある。ワークシートも用意されている。参加者は指示通りに手を動かし、時間内に成果物を提出する。滞りなく進行し、アンケートの評価も悪くない。この光景は、「やらされ探究」の構造とほとんど変わりません。プロセスは設計通りに進んでいるが、参加者の内側で問いが立っていない。
念のため補足すると、これはグループワーク型の研修が悪いという話ではありません。形式そのものに問題があるわけではなく、その形式のなかで参加者が自分の問いを持てているかどうかが分かれ目になります。同じプログラムでも、ある参加者にとっては転機になり、別の参加者にとっては消化すべきタスクになる。この差は設計だけでは決まりません。
ただ、設計によって確率を上げることはできます。
問いが自分のものになっていないとき、学びは作業になる
学校でも企業でも、共通して問題になるのは「問いの所有権」です。与えられた問いに答えることと、自分の問いを掘ることは、外形的には似ていても中身がまったく違います。前者は他者が設定したゴールに向かう作業であり、後者は自分の関心に向き合う営みです。研修設計の現場では、後者を「意欲の問題」として片づけてしまいがちですが、そもそも問いを持つ余地が設計に含まれているかを見直す価値があります。
教育現場では、課題の設定以前に「何を知りたいのか」「なぜそれを知りたいのか」を見つめる段階が重要だと言われています。この視点は企業研修にもそのまま当てはまります。
研修の冒頭で、参加者が自分の現在地と向き合う時間はどれくらい確保されているでしょうか。「今日は◯◯を学びます」と目的を提示する前に、「あなたはいま何に困っているか」を言語化してもらう時間があるか。ここに数十分を割くことは、カリキュラムの密度を考えると削りたくなる部分でもあります。それでも、この数十分が残りの数時間の意味を変えます。
学校現場のもうひとつの課題として挙げられているのが、探究には時間がかかるという点です。時間割やカリキュラムの制約から十分な時間を確保できず、結果として学びの深さが出ないという指摘があります。
これも企業に置き換え可能です。2日間の研修に詰め込める内容には限りがあり、問いを立てる時間や振り返りの時間は真っ先に削られる候補になります。研修という枠のなかだけで完結させようとすると、この制約からは逃れられません。学校現場で「総合的な探究の時間」だけに閉じず各教科に探究的な要素を分散させる工夫が語られているように、企業でも研修という箱の外側、つまり日常業務のなかにどう学びの契機を埋め込むかを考える必要が出てきます。
探究的な学びを企業の人材育成に取り入れる3つの視点
では、具体的に何から手をつければよいのか。既存の研修体系を大きく組み替えなくても取り入れられる視点を、3つに整理します。
①研修の前に、参加者が問いを持つ時間を置く
もっとも小さく始められるのが、順番を入れ替えることです。多くの研修は、教えるべき内容の提示から始まります。これを、参加者が自分の現在地を言語化するところから始める形に変える。所要時間としては15分から30分程度で足ります。
たとえば、次のような問いを最初に置きます。
・いま自分の仕事で、うまくいっていないと感じるのはどんな場面か
・それはなぜうまくいっていないと思うか
・今日の時間で、何がわかれば持ち帰る価値があるか
重要なのは、この段階で答えを出させないことです。うまく言語化できなくても構いませんし、途中で問いが変わっても構いません。目的は正確な課題設定ではなく、「自分ごととして考える構えをつくる」ことにあります。同じ内容を聞いても、問いを持っている人と持っていない人では受け取るものが変わります。講師が同じ話をしても、ある参加者にはただの一般論に聞こえ、別の参加者には自分の状況への答えとして響く。この差を生むのが、事前に持っている問いの有無です。
②大きな挑戦より、小さく試せる場を複数用意する
問いを持ったあとに必要なのが、試す場です。古屋星斗氏は前掲書のなかで、キャリア形成において「スモールステップ」と呼べる小さな行動に前向きな関係が見られることを指摘しています。取り組んだことが説明しづらいような、ごく小さな行動です。一方で、情報の発信や収集そのものはキャリア展望との関係が見られなかったとも述べられています。情報の量ではなく、小さくても行動しているかどうかが分かれ目になるという示唆です。
これを育成設計に置き換えると、大きな挑戦機会を用意することよりも、小さく試せる場を複数用意するほうが現実的です。若手に高負荷のプロジェクトを任せるのは簡単ではありませんが、会議で最初に発言する役を任せる、他部署の担当者に話を聞きに行く、業務の一部を自分なりの手順で試してみる。こうした小さな行動であれば、日常業務のなかに組み込めます。
心理的な側面にも触れておきます。人には慣れ親しんだ範囲の内側にとどまろうとする傾向があります。いまのやり方で回っている状態から、あえて不確実なほうへ足を踏み出すのは、それ自体が負荷のかかる選択です。
だからこそ、外側に出ることを本人が選べる状態をつくることに意味があります。強制的に負荷をかけるのではなく、一歩出てみようと思える程度の距離感の機会を置く。その一歩が踏み出せたとき、そこから先には自然と推進力がかかります。逆に、跳べない距離の機会をいきなり渡すと、萎縮して動けなくなります。
同書ではもうひとつ、周囲からの後押しについても触れられています。持続的なキャリア形成において力になるのは、不特定多数からの反応ではなく、自分をよく知る人からの「それは向いていると思う」という声だという指摘です。上司や先輩が日常のなかでかけるこの種の言葉が、若手が一歩を踏み出すエネルギーになっています。
③振り返りは個人の習慣ではなく、場として設計する
3つ目が、サイクルを閉じるための振り返りです。経験学習が循環するには、経験したことを内省し、意味づける工程が欠かせません。しかし、この工程は放っておくと発生しません。忙しい日常のなかで、自発的に立ち止まって振り返る人はごく限られます。
そこで、振り返りを個人の習慣に委ねず、場として設計します。1on1のなかに振り返りの時間を明示的に確保する、研修の1か月後に実践共有の機会を置く、チームで定期的に経験を語る場をつくるといった方法があります。
この工程は自己評価であると同時に、次の問いを生む役割も持っています。何がうまくいき、何がうまくいかなかったかを検討する過程で、新しい疑問が立ち上がる。この連続が、学びを一回きりで終わらせない仕組みになります。
なお、振り返りの場では評価を持ち込まないほうが機能します。うまくいかなかったことを話せる状態でなければ、内省は表面的なものにとどまります。1on1の設計やメンター制度の運用と合わせて考えたいところです。
この3つは、経験学習サイクルの各工程に対応しています。①がサイクルの起点をつくり、②が具体的経験にあたり、③が内省と概念化を担う。既存の研修が「概念を提供する」部分を担っているとすれば、その前後に3つを配置することで、研修が単発のイベントではなく循環の一部として機能し始めます。

探究のプロセスは、日々の仕事の中にもある
最後に、こうした学びが特別なプログラムを必要としないことについて、身近な例から補足させてください。
ファーストキャリアでは、こうしたコラムの執筆を継続的に行っています。当初は情報発信の一環という位置づけでしたが、続けるうちに、書くこと自体が探究のプロセスとして機能していることに気づきました。社内では、この取り組みを「探究ライティング」と呼んでいます。
書くためには、まず問いを立てる必要があります。人材育成の現場で何が起きているのか、なぜそれが課題になっているのか。日常の業務やお客様との会話で感じた小さな違和感が出発点になることがほとんどです。次に調べます。書籍にあたり、公開されている調査や論文を読み、実務者の話を聞く。そして整理し、記事という形にまとめる。
興味深いのは、このプロセスを回していると、調べる過程で問いのほうが変わっていくことです。最初に立てた問いが、情報を集めるうちに「そもそも前提が違っていた」と気づかされる。この記事でも、経験者がいつ入社してくるのかを整理する段階で、当初の想定を修正する場面がありました。
そして記事を一本書き終えると、執筆の途中で脇に置いた疑問が残ります。それが次の記事の問いになる。この連鎖があるおかげで、テーマが尽きるという感覚をあまり持たずに済んでいます。
もうひとつ実感しているのは、書くという行為が振り返りそのものだということです。理解したつもりでいたことを言語化しようとすると、理解の粗さが露呈します。書けないということは、わかっていないということでもある。この確認作業が、結果的に学びを深めています。特別な取り組みではありません。問いがあり、調べる工程があり、まとめる場があり、次の問いが生まれる。この循環が成立していれば、日常業務のなかでも探究は起こります。
ただし、育成担当者として考えたいのは、こうした循環が個人の偶然に委ねられていないかという点です。記事を出すという外部の締切があり、社内外に読まれるという緊張感があり、書き上げたものへの反応が返ってくる。この条件が揃っていたからこそ続いてきた側面は否定できません。
探究が回っている人がいるとしたら、その人の意欲だけでなく、周囲に何らかの仕掛けがあったはずです。育成の設計とは、その仕掛けを偶然任せにせず、意図的に用意することなのかもしれません。
まとめ
探究学習は、正解のない問いに向き合い、自ら課題を設定して掘り下げていく学びのあり方です。2022年度から高等学校で本格的に導入され、その経験を持つ層が新卒として企業に入ってくるのは数年先になります。
ただし、経験値には学校や地域によって大きな幅があります。「探究をやってきた世代だから自律的なはずだ」という前提を置くと、かえって現場でのすれ違いを生みます。構えるべきは期待ではなく、学び方の前提が多様になるという理解です。
一方で、この考え方そのものは、いま在籍している社員の育成にも応用できます。経験学習サイクルと構造が重なっていることを踏まえれば、企業にとって未知の手法ではありません。既存の研修体系を置き換えるのではなく、そのサイクルのどこが途切れているかを確認し、問いと振り返りを差し込んでいく。それが現実的な取り入れ方です。
そして、学びが起きるかどうかは個人の意欲だけで決まるものではありません。問いを持つ余地があるか、小さく試せる場があるか、振り返る機会が用意されているか。この設計こそが、育成担当者に委ねられている領域です。
自律的人材は、自律を求めることでは育ちません。自律的に学ぶための条件を、周囲が整えられるかどうか。探究学習という言葉が投げかけているのは、そういう問いなのだと思います。
参考文献
※1:古屋星斗(2024)『会社はあなたを育ててくれない 「機会」と「時間」をつくり出す働きかたのデザイン』大和書房
※2:ケイ・ピーターソン、デイヴィッド・コルブ 著/中野眞由美 訳『最強の経験学習』辰巳出版
文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 総合的な探究の時間編





