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OJTトレーナーが「AIには生成できない暗黙知」をうまく教えるための考え方

OJTトレーナーが「AIには生成できない暗黙知」をうまく教えるための考え方
「分からないことがあれば、すぐにAIに聞いて解決してしまう」「若手がAIに依存しすぎて、自分で深く考えようとしない」
近年、現場で若手を育成する管理職やOJTトレーナーから、こうした悩みをよく耳にします。マニュアル化できる手順や知識であれば、社内で構築されたチャットボットや、AIのほうが早く正確に答えてくれるかもしれません。しかし、現場の実務で求められるスキルはそれだけではありません。人間関係の細やかな機微や、顧客の空気を読む力など、言葉ではうまく説明できないノウハウが確実に存在します。
本記事では、AIには教えきれない「暗黙知」を若手にどう伝承していくべきか。哲学や経営学の知見を交えながら、これからのOJTに求められる具体的な考え方を解説します。

若手がAIに依存する時代、「言葉で教える」ことの限界にどう向き合うか?

近年、あらゆる業務においてAIの活用が急速に進んでいます。そのため、「分からないことはまずAIに聞く」という若手の行動自体は、決して間違っていません。

しかし、ここで多くの指導者が直面するのが「言葉で教えることの限界」です。結論から言うと、AIが得意とするのは、テキストやデータとして言語化できる「形式知」の伝達にすぎません。一方で、組織が若手へ本当に伝えたいコアな部分は、言語化しきれない「暗黙知」の領域にあります。

たとえば、熟練の職人が弟子に技を教える場面を想像してみてください。師匠は「ここをこうして」と、言葉による指示だけで全てを教えるわけではありません。弟子は師匠の背中や動きをじっくりと観察し、その感覚を自分の体で模倣しながら理解を深めていきます。つまり、知識の本質的な習得には、観察や実践を通じた「非言語的な伝達」が不可欠なのです。

現代のOJTにおいても、言葉の裏にある「見せること」「感じさせること」をどう学習プロセスに組み込むかが問われています。組織から要求される行動規範や成果を出すための行動は、極めて暗黙的です。表出(言語化)する努力をあきらめてはいけませんが、言葉だけでは限界があります。上司や先輩社員と「経験を共有」しなければ、若手は本当の意味での理解や納得には到達できないのです。

AIでは教えられない「態度」や「無意識の判断」とは?

AIが得意な「形式知」と、現場で培われる「暗黙知」の違い


OJTを見直す上で、まずは「形式知」と「暗黙知」の違いを明確にしておきましょう。

形式知: マニュアルやデータ、テキストとして言語化・明示化できる知識(例:商品のスペック、経費精算の手順など)
暗黙知: 経験や感覚に根ざしており、簡単に言語化できない知識(例:顧客の微妙な表情変化を察知する、トラブル時の瞬時な判断など)

現代は、形式知を教える役割はほぼすべてAIに任せられる時代になりました。若手が「分からないことをAIに聞く」のは、形式知を効率よく収集しているに過ぎません。『暗黙知の次元』を執筆したマイケル・ポランニーは、本書の中で「私たちは、言葉で言える以上のことを知っている」と述べています。
AIには、この「言葉にできない現場のリアルな経験や感覚」を学習させたり、若手に教えたりすることはできません。
だからこそ、人が人を育てるOJTにおいては「暗黙知の伝承」にフォーカスすべきなのです。

スキルではなく「態度(思考の癖や直感)」をどう継承するか?

暗黙知をより実践的な言葉に置き換えると、それは仕事に向き合う「態度」と言えます。認知心理学などの研究領域において、この「態度」とは、暗黙知が行動規則として身体化され、状況判断が自動化された「非言語的な手続き体系」であると定義されています。

たとえば、優秀な営業担当が商談中に「今は押すべきではない」と瞬時に引く判断をしたとします。これはマニュアル的な形式知に沿ったものではなく、
過去の膨大な経験から無意識に手がかりを読み取り、瞬時に推論して行動を選択した結果(=態度)です。この「態度」には、表面上の行動だけでは見えない「隠れた目的や価値観」が詰まっているわけです。若手育成において本当に継承すべきなのは、小手先のトークスキルではなく、この「熟練者が無意識に行っている判断のプロセスや思考の癖(=態度)」なのではないでしょうか。

AI時代のOJTをアップデートする「暗黙知の伝え方」の手順

では、AIに形式知を任せた上で、人間はどうやって暗黙知(態度)を伝えていけばよいのでしょうか。ここでは、具体的な2つのステップを解説します。

ステップ1:「共同化(Socialization)の場」を組織としてデザインする

経営学者の野中郁次郎氏らが提唱するナレッジマネジメントのフレームワーク「SECI(セキ)モデル」では、知識創造の第一歩を
「共同化(Socialization)」と定義しています。これは、言葉による説明以前に、身体や五感を使い、フェース・トゥ・フェースで直接体験を共有しあうプロセスのことと言えます。

現代の若手は、生まれたときから情報にアクセスしやすく、タイパ(タイムパフォーマンス)やコスパを重視する傾向があります。
そのため、ただ「現場を見て学べ」と言うだけでは、「非効率だ」「AIに聞いたほうが早い」と反発されることもあるでしょう。

ここでOJTトレーナーや管理職などの育成を担う方がすべきことは、「あえて一緒に迷い、模索する泥臭いプロセス(非効率)の共有こそが、AIでは得られない価値(暗黙知の源泉)である」と明確に意味づけしてあげることです。効率的に正解を教えるのではなく、営業同行での失敗や、企画立案での試行錯誤など、「答えのない問い」に向き合う時間を共に過ごす場を意図的にデザインしましょう。

ステップ2:教える側・教わる側の双方から「知的な努力」を引き出す

『暗黙知の次元』を執筆したマイケル・ポランニーは、「暗黙知が内在化することで理解を遂げる」と述べています。
これは、言葉で簡単に伝えられない知識だからこそ、伝える側も聞く側も、言語化されていない暗黙知を汲み取ろうとする「知的な努力」が必要だということを意味しています。OJTにおいては、「見て盗め」と若手を放置するのも、「手取り足取りすべてをマニュアル化する」のも正解ではありません。

教える側は、「言葉で説明しきれない部分があるから、一緒にやりながら私の感覚を掴んでほしい」と率直に伝える謙虚さを持つ努力をすること。
教わる側は、 「AIの回答にはない、先輩の判断の背景(態度)を読み取ろう」とする姿勢を持つ努力をすること。

この双方向からの歩み寄りができて初めて、暗黙知は若手の血肉となって継承されていくことでしょう。

まとめ:AIに「形式知」を任せ、人は「暗黙知」の伝承にリソースを注ごう

今後、OJTの役割は根本的に変わっていきます。マニュアル通りの手順(形式知)を教える時間はAIを使って最短最速で。
そして、AIには代替できない「経験の共有」と「態度の継承(暗黙知)」にこそ、人間のリソースを注ぐべきです。言語化(表出化)する努力は決して諦めず、しかし「言葉だけで伝えることの限界」も素直に受け入れる。

そして、あえて非効率な時間を共に過ごし、五感を通じて経験を共有する。それこそが、次世代の若手をAIに代替されないビジネスパーソンへと育てる、最も確実な方法なのではないでしょうか。

参考文献

・マイケル・ポランニー(著)、高橋勇夫(訳)『暗黙知の次元』(筑摩書房 / ちくま学芸文庫、2003年)
・野中郁次郎、竹内弘高(著)『知識創造企業』(東洋経済新報社、1996年)