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2026.03.18
【後編】中堅社員の私が突如“新人”になって気づいたこと ~ オンボーディング設計に欠かせない“1年目の視界” ~
しかし、田植えが終わったからといって仕事が一段落するわけではありません。
稲作はここから、水管理、除草、収穫といった新たな工程へと続いていきます。
後編では、夏から秋にかけての現場で起きた出来事を振り返りながら、「1年目の視界」から見えてきたことをさらに掘り下げていきたいと思います。
前編の振り返り
前編では、父が倒れたことをきっかけに、私が突然農業の現場に立つことになった経緯と、代掻き、苗づくり、田植えといった春の作業についてお話ししました。
これまで部分的にしか関わったことのなかった農業を、自分が主導して進める立場になったことで、これまで見えていなかった多くのことに気づかされました。
• 作業そのものよりも、準備や段取りの方が難しいこと
• 工程通りに進めるだけではなく、状態を見て判断する必要があること
• 経験がない状態では、何が問題なのかすら分からないこと
そして何より、同じ景色を見ていても、経験によって読み取れる情報量が大きく変わるということを痛感しました。
田植えが終わると、稲作は次のフェーズに入ります。それが 水管理と夏場の管理作業 です。
田んぼの水位を調整しながら苗の成長を見守り、雑草や藻の発生に対応し、そして秋の収穫へとつなげていく。
これら作業は、春の準備工程とはまた違った難しさがありました。
ここからは、田植えの後に始まる現場の仕事を振り返りながら、「1年目の視界」がどのように広がっていったのかをお話ししていきたいと思います。
田植えの後に始まる仕事 ― 水管理
繁忙期の一つである田植えが無事に終わり、ようやく一息つけると思いましたが、ここから水管理というフェーズに入っていきます。
水管理とは、田んぼの水位を日々調整する作業です。苗は水を張った田んぼの中で育ちますが、常に同じ水位でよいわけではありません。苗の生育段階や気温、日照条件などによって適した水深は変わります。
例えば、田植え後1週間は、除草剤を効かせるために、水を張った状態をキープしなければいけません。まだ苗が小さいため、雑草に負けてしまい栄養を取られてしまうためです。また、田植えから1か月後には、「中干し」という水は完全に抜いて土を乾かし、再び水を入れるという工程もあります。
しかし当時の私には、それぞれの工程における「適切な水位」がどの程度なのか分かっていませんでした。
田んぼには緩やかな傾斜があるため、どこを基準にすればよいのかわからず、高いところに合わせれば低いところの苗が水没して、苗が溶けてなくなってしまいます。さらに、田んぼごとに高低差は微妙に異なるため、その特徴をすべて把握するのは、1年目の私にはハードルが高すぎました。
水を入れ続けること自体が難しい
さらに厄介なのは、水を入れることそのものでした。
田んぼの水は、地域の用水路から引き込みます。しかし、欲しいときに必ず水が来るわけではありません。
この時期は、周囲の農家さんも同じように水を必要としています。そのため、上流で多く使われると、下流の田んぼまで十分な水が届かないことがあります。「我田引水」という四字熟語を身をもって理解できました。
ようやく水が流れてきても、今度は別の問題が起きます。田んぼに水を引き込むU字溝の入水口に、ゴミが詰まるのです。詰まるものは様々でした。
落ち葉、藻、ペットボトル、空き缶、ビニール袋。
地域の自然と生活から流れてくるさまざまなものが、水の流れを止めます。
ゴミを取り除いて、一安心と思いきや、しばらくするとまた詰まっている。その繰り返しでした。
最初は小さな違和感だった
水管理を続けているある日、田んぼの水面に小さな違和感を覚えました。
水の色が、少し緑がかって見えたのです。最初は一部の田んぼだけでした。
しかも田んぼ全体ではなく、ほんの一部。面積にして1割ほどです。そのときは、特に気にしませんでした。
田んぼの水は天候や日差しの影響で見え方が変わることもありますし、「そんなものかな」と思っていました。
しかし、数日後に状況が変わります。水面に広がる緑色の膜のようなものが、明らかに増えてきたのです。
それが「ヌル」と地元では呼ばれる藻(アオミドロ)でした。
広がっていくヌル
最初は一部の田んぼだけだったヌルは、次第に広がっていき、最終的には、田んぼの6~7割ほどがヌルで埋め尽くされる状態になりました。
さらに厄介だったのは、時間差はありつつも、ほぼすべての田んぼで同じ現象が起きたことです。
苗の周りに藻が絡みつき、徐々に苗を水中に巻き込んでいき、最終的には苗が溶けてなくなってしまいます。
しかし当時の私は、ヌルについてほとんど知識がありませんでした。
最初に見たときも、「少し水が濁っているな」程度にしか思っていませんでした。
後から知ったことですが、地元は川から水を引いているため、ヌルが発生しやすいエリアなのだそうです。つまり、事前に知っていれば対処することもできた可能性があります。
しかし、そのときの私には、それが問題であるという認識すらありませんでした。
このとき強く感じたことがあります。知らないことは、問題として認識できない。
問題だと認識できなければ、当然対処もできません。
振り返れば兆候はありました。藻が発生し始めた時に、他の農家さんが田んぼに何かを散布していました。それは藻対策の農薬だったと後から知りました。しかし、そのときの私は、それが兆候に気づかず、対策している様子もスルーしていたのです。
気づいた時には、初期対応の時期は完全に過ぎており、自分たちだけでの対応は難しかったため、藻対策の農薬をドローンで散布してもらい、被害は
最小限に抑えられました。農薬と作業代で数十万かかりました。
事前に把握しておけば、抑えられる出費でした。
炎天下の除草作業
田植え以降は、どんどん熱くなるとともに、田んぼの周りの雑草も一気に伸びてきました。
田んぼ間に土を盛り上げたしきりを「畔(あぜ)」といいますが、稲作では、畔の管理も重要です。畔に雑草が生い茂ると、害虫の発生源になったり、稲刈り作業の妨げになったりします。
そのため、3月~9月まで毎月1回のペースで除草作業を定期的に行う必要があります。しかし、分からないことがたくさんありました。
「どの除草剤を使うのか」
「希釈濃度は」
「どのくらい散布すればよいのか」
病床の父から何とか聞き出し、近所の農家さんにも聞きながら進めるしかありませんでした。
その中で驚いたことは、除草剤をブレンドして使うことが当たり前だったことです。もちろんメーカー非推奨ですが、現場の知恵で、農家それぞれの
ブレンドが存在して、生えている雑草に合わせて濃度や混合比率を変えているということでした。調べてみると、とある有名な除草剤だけでは、耐性をつけた雑草があるため、別の除草剤を使わないと枯れないという経緯があるようです。
また、特につらかったのは、猛暑の中で15Kgの除草剤を背負っての畔への散布作業でした。
空調服のファンをMAXにしても、日中の作業は熱中症になりかけました。そのため朝や日暮れしか作業ができません。平日は会社の仕事があるため、家族と手分けしても、どうしも手が回りません。そうこうしている間に雑草は腰くらいの高さまで大きくなり、除草剤が効きにくく、散布作業も行いにくくなっていきました。
「少しくらい雑草があっても、稲刈りには支障がないだろう」
当時はこのように思って、最後の方に諦めましたが、この勝手な思い込みが、悲劇を招きます。
なぜ農家が除草作業に注力している理由を理解するのは、稲刈りを体験してからになります。
いよいよ収穫の季節
夏の水管理や除草作業が続き、季節は秋になります。
青々としていた田んぼの色が、少しずつ変わっていきます。稲穂が垂れ、田んぼ全体が黄金色に染まり始めます。いよいよ収穫の時期となりました。
農業に関わったことがない人にとって、稲刈りというと「コンバインで刈り取る作業」をイメージするかもしれません。実際、田んぼを走るコンバインは収穫の象徴のような存在です。
しかし、実際にやってみると、コンバインでの刈り取り作業も重要ですが、それと同じくらい前後の準備が大変でした。
収穫は「機械の連携作業」
稲刈りの前には、使用する機械の準備が必要になります。
収穫に必要な機械は、コンバインだけではありません。コンバインで収穫した籾は、そのまま出荷することはできないからです。収穫後には、
• 乾燥機(籾の水分量を調整する)
• もみすり機(籾から玄米にする)
• 選別計量機(規格外の玄米をはじく)
• 色彩選別機(選別計量機ではじききれなかった規格外の玄米をはじく)
といった機械を使って、出荷できる品質の玄米にしていきます。
乾燥機で籾の水分量を調整し、もみすり機で籾殻を取り除き、選別計量機で粒の大きさを揃え、さらに色彩選別機で品質を整えます。つまり稲刈りとは、「刈る作業」ではなく、収穫から出荷までの一連の処理ラインを動かす作業でもあるのです。
それぞれの機械を掃除し、点検し、動作確認をする。いざ収穫が始まったときにトラブルが起きないよう、事前に準備を整えておかなければなりません。準備をしながら、ふと思いました。
「親父は、毎年この作業を一人でやっていたのか・・・」
初めてのコンバイン操作
コンバインは、稲を刈り取るだけの機械ではありません。刈り取った稲をその場で脱穀し、籾だけをタンクに貯めて、藁のカットまで行います。
しかし、操作は単純ではありません。田んぼごとに、地面の硬さが異なり、稲の倒伏具合も異なるため、各状況に応じて
• 稲刈りの順路
• 刈り取り速度
• 刈り取りの高さ
• 脱穀部への送り深さ
などを調整して収穫ロスを少なくしつつ、同時に機械への負担も考えながら作業を進めていく必要があります。
これらを同時並行で処理することが、はじめての私には難しくてしようがありませんでした。
「目で見て、機械の音を聞けばわかる」
そう言われましたが、最初はまったく分かりません。そもそも、コンバインはタイヤではなくクローラ(履帯)なので、自動車とはまったく異なる挙動をするため、操作に慣れるだけでも時間がかかりました。その余裕のあまりない状態で、各部の微調整をこなすのは至難の業でした。運転操作をしながら調整がそれとなくできるようになり始めたのは、2週間ほどたってからでした。
雑草が引き起こしたトラブル
ようやく稲刈り作業に慣れてきたある日のこと。
「ガン、ぐにゃ~」
という嫌な音と感触が伝わってきました。
コンバインを止めて確認すると、刈り取り部分の先端の爪が曲がっています。雑草に隠れて見えなかったU字溝にぶつけてしまったのです。
夏の間に除草作業が間に合わず、周囲に雑草が多く生えていた田んぼでした。雑草が伸びていると、田んぼと畔の境界が見えないだけでなく、畔やU字溝などが見えにくくなります。
ぶつけない様に気を付けてゆっくり作業をしていたつもりでしたが、やらかしました。
大きな破損ではありませんが、このままでは作業を続けることができません。そのため、バーナーで曲がった箇所を炙り、少しずつ元の形に戻しました。
現場では、こうした応急処置も珍しくありません。手持ちの道具や工具を使いながら、その場で修理して作業を続けることも多いのです。
このとき改めて感じたのは、作業の一つ一つがすべてつながっているということでした。夏にやりきれなった雑草が、秋の収穫作業の効率や安全面にも影響していたのです。
米の品質を決める収穫後の工程
コンバインでの稲刈りが終わると、「収穫が終わった」と思いたくなります。しかし、ここからさらに多くの工程が続きます。
刈り取った籾は、そのままでは出荷できません。乾燥、もみすり、選別、袋詰めといった工程を経て、ようやく玄米として出荷できる状態になります。そして、実際にやってみて分かったのは、この工程もまた簡単ではないということでした。
まず、最初の工程が乾燥調整です。
収穫した籾は水分量が高いため、そのままでは保存できません。乾燥機を使い、水分量を調整する必要があります。
目標は 14.5%前後。しかし、この調整が思った以上に難しいのです。
乾燥を急ぎすぎると「胴割れ」という米粒が割れてしまう現象が起きます。そうなると品質が下がってしまいます。かといって、ゆっくり乾燥させすぎると時間がかかりすぎてしまい、収穫した籾が捌けずに追加で稲刈りをすることができません。
さらに厄介なのは、収穫した籾は数時間以内に乾燥工程に移さなければならないことです。籾は刈り取られた後も呼吸を続けており、放置すると発熱して品質が下がってしまうためです。
乾燥機には自動乾燥機能もありますが、実際には気温や湿度によってばらつきが出るため、スイッチを押すだけとはなりません。また、乾燥機の表示する水分量と、別の水分計で測った数値が一致しないこともありました。その差を見ながら乾燥具合を調整する。これもまた、経験のない私には難しい判断でした。
乾燥が終わると、次はもみすりです。
もみすり機を使い、籾殻を取り除いて玄米にします。ここでも単純に機械を回せば良いわけではありません。処理速度を上げすぎると後工程が追いつかず、逆に遅すぎると作業効率が落ちてしまいます。
後工程の機械の処理能力、そして玄米を袋詰め作業をする人のスピード。それらを見ながら、全体の流れが滞らないように処理速度を調整する必要がありました。
最後の工程が色彩選別機です。
これはセンサーで米粒の色を判別し、黒い部分がある米や未熟米などを取り除く機械です。
しかし、この機械の設定も容易ではありません。
センサーの感度を強くすれば品質は上がりますが、はじかれる米が増えて歩留まりが下がります。逆に弱くすると歩留まりは良くなりますが、品質が下がり価格に影響する可能性があります。
さらに、収穫した田んぼやエリアによって米の状態はそれぞれ異なります。そのため、全体の流量やセンサーの強度を都度調整する必要がありました。
これはまさに品質管理の工程です。
何が良い状態で、どこまでが許容範囲なのか。その感覚をつかむまでがとても大変でした。機械のクセを把握することも含め、実際に何度も調整と確認を繰り返しながら少しずつ感覚を掴んでいくしかありませんでした。
こうして稲刈りともみすりの工程を何度もくり回し、なんとか無事に最終出荷までたどり着くことができました。
大きな事故もなく無事に終えることができ、ようやく肩の荷が下りて、正直ほっとしたのを覚えています。
そして、一息ついたのもつかの間、次は翌年に向けた土づくりの工程が始まり、翌年の田植えを迎えるという一連のサイクルが回っていきます。
まとめ
1年目の視界から見えたこと
突然、農業の現場に立つことになってから、半年があっという間に過ぎました。
振り返れば、代掻きから稲刈りまでの工程を進めるにあたり、さまざまな気づきがありました。
• 知識だけでは仕事はできない。しかし、知識がなければ何も始められない
• 作業そのものよりも、準備や段取りの方が難しい
• 工程管理より、状態管理が重要
• 状態を判断するためには、知識と経験の両方が必要
• 知らなければ、問題を問題として認識することすらできない
• 最初から全体像をイメージして仕事をすることはできない
• すべての作業はつながっている
春の準備工程、夏の管理工程ひとつひとつの積み重ねが、秋の収穫にそのまま影響します。農業は個別の作業の集合ではなく、最終工程を見据えた状態管理の連続でした。
そして、そのすべての工程に共通していたのは、最適解を探し続ける難しさでした。
また、経験を重ねることにより、見ている景色から得られる情報の量と質が変わってきたことでした。最初はただの風景であった田んぼが、水・土・苗・稲の状態を知るための情報元として見えるようになり、少しずつ判断の根拠が自分なりに持てるようになっていきました。
オンボーディングを考えるうえで思ったこと
この体験を振り返る中で、新入社員・中途社員・異動社員という新しい環境で働く人(=新人)も似たような状況にいるのではないかと感じました。
新人は、仕事の全体像が見えていない状態からスタートします。どのような判断基準で仕事が進んでいるのか、どこにリスクがあるのか、何が重要なのか。そうしたことがまだ十分に分かっていません。しかし、仕事は待ってくれませんから進めるしかありません。
新人は、その中でも最適解を探しながら判断していかなければなりません。しかし、その最適解が何か、最初から分かっているわけではありません。
その結果、受け入れ職場から「主体性がない」「受け身だ」「何を考えているのか分からない」と見えてしまうこともあります。
今回の経験を通して感じたのは、主体性は見えている景色が共有されて初めて発揮されるものではないかということでした。何が起きているのか、どのような状態を目指しているのかが分からなければ、判断することも行動することも難しいからです。
農業の現場で、私が少しずつ自分で考えて、判断できるようになったのは、実際に作業をしながら周囲の人からアドバイスをもらい、試行錯誤を繰り返す中で、田んぼの景色の意味が少しずつ理解できるようになったからでした。
オンボーディングとは、制度や施策を整えることだけではなく、新しく入ってきた人が見ている景色を理解し、経験を通じてその視界を徐々に広げて、解像度を高めていくプロセスなのではないかと思います。
皆さまは、現場に配属された新人が何に戸惑い、どんな景色を見ているのか、イメージできているでしょうか。
新人の視界を理解することが、オンボーディング施策を現場で機能させる第一歩になるのではないかと感じています。



