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「後輩育成キャンセル界隈」はなぜ広がる?人事ができる3つのこと

「後輩育成キャンセル界隈」はなぜ広がる?人事ができる3つのこと
2026年9月21日放送の『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で、街頭インタビューに「育成キャンセル界隈」と答える人が相次ぎました。
理由として語られたのは「自分がどう思われるかわからないのが怖い。ハラスメントもあるし」という声です。

スタジオのマツコ・デラックスさんは「でも若い子に聞くと、ちゃんと怒ってほしいっていうのが多いのよ」と返し、こう問いかけました。

「誰が悪いんだ、この状況は?」

先輩は育てるのが怖い。若手は、マツコさんによれば、ちゃんと叱ってほしい。
求めているものは噛み合っているはずなのに、なぜか育成に向けた動機が生まれない。

私たちは、この状況に悪者はいないと考えています。ではなぜ「後輩育成キャンセル界隈」が広がるのか。
長らく若手育成に携わってきた立場から、その理由と、人事が打てる手を考えます。

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「後輩育成キャンセル界隈」とは?職場で広がる実態

後輩育成キャンセル界隈とは、後輩や部下の育成に踏み込むことを、あえて避ける人たちを指す言葉です。番組では「風呂キャンセル界隈」に続く新しい“キャンセル”として紹介されました。背景にあるのは、指導がハラスメントと受け取られることへの恐れです。

テレビ発の流行語で済ませるには、裏づけとなる数字がそろっています。

ALL DIFFERENTとラーニングイノベーション総合研究所は2024年12月、社会人5年目以上35歳未満で役職のない中堅社員800人に調査を行いました。後輩指導を担っているのは35.5%。そのうち、指導へのモチベーションが高い(5段階で4か5)と答えた人は44.0%でした。

指導役の半数以上が、高い意欲を持てないまま後輩と向き合っている計算です。

恐れの中身が見えるのは、音声配信サービスのVoicyが2024年4月に公表した調査です。同社ユーザーの会社員・経営者645名に「ハラスメントを意識して、若手社員へ厳しいことを言うのを躊躇したことがあるか」と尋ねたところ、躊躇したと答えた人は合わせて75.5%にのぼりました。

ハラスメントを意識して若手への厳しい指摘を躊躇した人は75.5%(Voicy調査)

目を引くのは、その先の回答です。ハラスメントを気にして言えないことの1位は「嫌なこともやらなきゃいけない」(47.3%)。厳しくできないことの弊害として最も多く挙がったのは「若手が成長しない」(59.5%)でした。

先輩たちは、黙っていれば後輩が育たないことをわかっています。わかったうえで口をつぐんでいる。自由記述には「ハラスメントと受け取られることもあり得るので、当たり障りない指導になりがちです」という声もありました。注意すれば「ハラスメントです」と言われかねない。放置すれば「見放された」と言われる。「管理職の罰ゲーム化」という言葉が広まって久しいものの、いまでは役職のない先輩も同じ状況に置かれています。しかも、手をかけて育てた後輩が、数年後に辞めていくかもしれないのです。

育成を諦めたのではなく、生存戦略としてキャンセルしている

では、育成から手を引いた先輩やOJTトレーナーたちは、何もしていないのでしょうか。

実態は逆です。育成をキャンセルした人ほど、身を守るための行動を細かく組み立てています。

・指示はすべてテキストで送り、証拠を残す
・アドバイスは、求められたときにしかしない
・ミスを責めない。「次から気をつけてね」と笑顔で終わらせ、裏で自分がやり直す

どれも、やる気を失った人の行動ではありません。糾弾されないための生存戦略として、育成をキャンセルしているのです。

育成をキャンセルした先輩が取る、身を守るための生存戦略

たとえば、こんな場面を想像してみてください。

この資料、これで大丈夫ですか?

うん、バッチリだよ!

先輩の頭の中はこうです。全然ダメだけど、細かく直させたら「詰められた」と人事に相談されるかもしれない。あとで一人で作り直そう。先輩は波風を立てずに済み、新人は褒められて終わる。その場は丸く収まりますが、どちらも何ひとつ育っていません。優しい地獄とでも呼ぶしかない状態です。

この地獄で損をしているのは、先輩だけではありません。新人は、自分の資料が通ったと思っています。どこがまずかったのかを知る機会は、先輩が一人で作り直した時点で消えました。マツコさんの言う「ちゃんと怒ってほしい」若手がいるとすれば、この職場では、その望みは本人にも気づかれないまま消えていきます。求める側と応える側がそろっているのに、指摘だけが届かないのです。

なぜ育成の動機が消えたのか

指導が「きつい」と受け取られるリスクは、以前から職場にありました。それでも育成が回ってきたのは、OJTトレーナーや上司など、若手の育成を担う社員(以下、育成担当者)に、リスクより大きな動機があったからです。私たちはその動機を2つと見ています。そしていま、2つとも効かなくなっています。

1つ目は、後輩に任せれば自分が楽になるという動機です。資料の下調べ、議事録、定型のメール。最初は手直しが必要でも、半年もすれば後輩に任せられるようになります。先輩が手間のかかる指導を引き受けてきた理由の一部は、この見返りでした。生成AIが、この見返りをなくしました。下調べも議事録も、後輩に振って待つよりAIに頼むほうが早く、出来も安定します。先輩が「振るよりAIにやってもらった方が早い」と考えるのは、業務上は合理的な判断です。ALL DIFFERENTの調査では、後輩指導の最大の苦労は「後輩の力量に応じた業務を与えること」(33.1%)でした。基礎業務をAIが担うようになれば、後輩に渡せる仕事はさらに減ります。

2つ目の動機については、後輩育成で自分たちも成長するという動機です。私たちはOJTトレーナー研修で、学術的な背景を用いて「後輩を育てることは、あなた自身の成長にもつながる」と伝えてきました。内容は間違っていないと今も考えています。ただ、このメッセージで育成に前向きになる先輩は、確実に減ってきました。

成長という見返りは数年先にしか得られず、得られる保証もありません。「ハラスメントだ」と言われるリスクは、明日の面談で起きるかもしれない。この2つを比べて、リスクを避けるほうを選ぶ判断は自然です。

育成の2つの動機が効かなくなり、リスクだけが残った構図

2つの動機が効かなくなり、残ったのはリスクだけでした。マツコさんの問いに対する私たちの答えはここにあります。育成担当者の気質や若手の性格の問題ではありません。育成を引き受ける理由が、職場の仕組みからなくなったのです。

一方で、育成をキャンセルしても育成担当者の負担は減りません。弊社が2025年12月のセミナーで指摘したとおり、AIの出力を検証できないまま育った若手の成果物は、レビューと責任を上司や周囲が負うことになります。キャンセルで先送りした指導の手間は、手戻りへの対応として育成担当者自身に返ってきます。

人事ができる3つのこと:育成者を守る・支える・報いる

2つの動機が効かなくなった職場で、「後輩育成は大切だ」と呼びかけても育成担当者は動きません。人事がやるべきことは、育成に伴うリスクを下げることと、育成を引き受ける理由を組織の側で用意し直すことです。

守る:指導とハラスメントの境界を人事が示す

育成担当者が恐れているのは、指導そのものより「どこからがハラスメントなのか分からない」状態です。基準は、すでにあります。厚生労働省のパワハラ防止指針は、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワーハラスメントに該当しないと明記しています。

指針には、該当しないと考えられる例も具体的に載っています。遅刻など社会的ルールを欠いた言動を再三注意しても改善されない人に、一定程度強く注意すること。育成のために、現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。強めの注意でさえ、状況によっては指導の範囲に収まるわけです。反対に、人格を否定するような言動や、他の社員の面前での大声による威圧的な叱責の繰り返しは、該当すると考えられる例に挙がっています。

問題は、この基準が育成担当者に届いていないことです。OJTトレーナー研修や育成のキックオフで、人事が指針の例を自社の場面に置き換えて伝えてください。資料の誤りを具体的に指摘して修正を求めるのは、業務上必要な指導です。この程度の具体例があるだけで、育成担当者は「バッチリだよ」とごまかさずに済みます。指針も、事業主が行うことが望ましい取組として、マネジメントや指導についての研修を挙げています。

パワハラ防止指針にみる、指導とハラスメントの境界の例

あわせて、育成する側の相談先を用意します。指針が相談窓口に求めているのは、ハラスメントを受けた、あるいは受けるおそれのある労働者の相談に広く応じることです。指導の言い方に迷ったときや、若手から不満を伝えられたときに、育成担当者が相談する場所としては設計されていません。人事は育成する人の味方でもあると、研修の場で言葉にして伝えることが出発点になります。

支える:育成する側にコーチングを入れる

若手向けの面談や研修は手厚くなりました。一方で、育成する側への対人支援を用意している企業は、私たちが見る限りまだ少数です。けれど、糾弾されるかもしれない不安を抱えたまま指導の仕方を模索しているのは、先輩のほうです。

相談相手は、評価者ではない第三者が向いています。以前の記事「研修のアクションプランは意味がない?形骸化を防ぐ2つの提案」でも書いたとおり、評価する上司に「後輩への伝え方が分からない」とは打ち明けにくいからです。外部のコーチとの定期的な面談で、先週の指摘は言いすぎだったか、次はどう伝えるかを、具体的な場面に即して相談できるようにします。弊社でも育成担当者へのコーチングを提供しています。

報いる:育成への関与を行動評価に組み込む

若手に任せれば楽になるという見返りは、AIがある以上もう戻りません。見返りは、組織が用意するしかありません。弊社も、社員の行動評価の一部に後輩育成への関与を組み込んでいます。評価するのは、若手の成果ではなく育成担当者の行動です。フィードバックの場を持ったか、若手の仕事を振り返りに使ったか、といった点を見ます。若手の成果で評価すると、若手の適性や離職で育成担当者の評価が左右されます。そうなると、「育てても辞めるかもしれない」という不安が、そのまま評価への不安に変わってしまうからです。

3つの施策は、着手できる時期が異なります。

人事ができる3つの施策(守る・支える・報いる)と着手できる時期

まとめ:「誰が悪いんだ」の答えは職場の仕組みにある

マツコさんの「誰が悪いんだ」に、私たちは誰も悪くないと答えました。先輩が育成から手を引くのは、育成を引き受ける理由が職場の仕組みから抜け落ちたからです。そうであれば、手を入れる対象も人ではなく仕組みです。評価制度の改定には時間がかかります。けれど、次のOJTトレーナー研修で指導とハラスメントの具体例を共有することなら、今月からでも始められます。

新人に「この資料、これで大丈夫ですか?」と聞かれたとき、先輩が「ここを直そう」と答えられるかどうか。人事が変えられるのは、その一言の手前にある不安を解消するための仕掛けです。


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出典・参考文献

・スポーツニッポン新聞社配信記事「マツコ・デラックス『誰が悪いんだ、この状況は?』“育成キャンセル界隈”に疑問」(Yahoo!ニュース、2026年9月22日) https://news.yahoo.co.jp/articles/34a7af526c8d85c16e127e224ad7ba7fd92526c9
・ALL DIFFERENT株式会社・ラーニングイノベーション総合研究所「中堅社員の意識調査(後輩指導編)」(2025年3月19日公表) https://www.all-different.co.jp/topics/20250319
・株式会社Voicy「若手社員への育成に関する意識調査」(2024年4月公表) https://corp.voicy.jp/2024/04/09/10695/
・厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)
・株式会社ファーストキャリア セミナー「『AI前提で動く現場』に新人が追いつけない 揺らぐ育成環境をどう再構築するか?」(2025年12月9日)