株式会社ファーストキャリア (FIRSTCAREER)
ファーストキャリア
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INTERVIEW

2024.02.06

なぜ人事に「マーケティングスキル」が必要なのか ~ 若者マーケティングの専門家に聞く、これからの人事施策に求められるマーケティングの観点とは ~

なぜ人事に「マーケティングスキル」が必要なのか ~ 若者マーケティングの専門家に聞く、これからの人事施策に求められるマーケティングの観点とは ~
急速に多様化する働き手の就業観や働き方を踏まえ、従来の一律的な人事施策を機能させることが難しくなってきている。そのような状況下で人事担当者には、経営に必要な人材づくり(社員教育)だけでなく、従業員の会社や仕事に対するエンゲージメント醸成やリテンションなど、複合的に絡む人事課題を解決することが求められている。
難易度の上がる人事企画や人事施策を立案し、遂行するうえで必要となるのが「マーケティング」の考え方だ。人事領域におけるマーケティング手法の活用可能性を探るべく、マーケティング・ブランディングの専門家であり、若者研究家でもある藤本 耕平氏にそのヒントを聞いた。

多様化だけでなく、多重人格化している昨今の若者たち

――まずは藤本さんの現在の活動内容について教えてください。

広告代理店のADKにて、マーケティングとクリエイティブのハブのような役割を担っています。具体的には、世の中の流れやターゲットの状況を踏まえたマーケティング戦略の構築や、ブランドコミュニケーションに必要な施策の立案に努めています。なかでも私が専門としているのが、若手世代のマーケティングです。2010年から「若者プロジェクト」を立ち上げ、現在は20代前半を中心とする若者研究部隊「ワカスタ」を中心に、若手世代ならではの視点や発想を取り入れたコミュニケーション 戦略の設計に尽力しています。

――約15年にわたり若手人材を起点としたマーケティングに取り組んできた藤本さんから見て、昨今の若者の特徴や価値観の変化についてはどのように感じますか?

もっと上のバブル期世代などと比較をした際に、世の中の常識よりも「自分」という尺度を重視する傾向が強いとは感じるものの、ここ10数年の間では、若者の価値観、ベクトルは大きく変わっていないと思います。一方で、“やり方”がどんどん進化しているな、という印象を受けます。たとえば「タイパ思考」という言葉に代表されるように、あらゆる物事において合理性を優先しますし、情報の選択肢が豊富にあるなかで無駄な事柄をどんどん削ぎ落とす技術が高まっているように感じます。結果として獲得している情報の幅広さ、深さには目を見張るものがありますよね。1を聞いたら15返ってくる。そんな若者が増えたイメージです。

――若手人材の価値観や行動に変化をもたらす要因には、どのようなものが考えられるのでしょうか?

大きく4つの要素があると思います。
1つ目が、「家庭環境」です。育ってきた家庭環境が人格形成に与える影響はとても大きいですね。 たとえば、バブル世代と比べて、共働き世帯が増えたことや核家族化が進んだことで、人とのつながりやコミュニケーションの取り方に変化が生まれています。また、友達親子と言われるように、親子の距離感が変わってきたことにより、昭和・平成時代への抵抗感もなくなってきていますし、恋愛など人に言いにくい相談事は、友達よりも親にする若者が増えています。
2つ目が、「教育環境」。この要素も本当に大きいですね。生育環境において教育という場で過ごす時間はとても長く、たとえば“何が評価されるのか”“自分はどうしたいのか”という価値観は、教育環境のなかで形成されると言っても過言ではありません。 個性尊重教育への移行に伴い、世間的な評価よりも、自分らしさを重視する若者が増えてきました。
そして3つ目が、「経済環境」ですね。昨今は景気が右肩上がりではありませんが、“贅沢をしなくても豊かな生活が送れる”という価値観が浸透しているように感じます。
最後に4つ目が、「デジタル化」です。合理化が進む背景には、やはり技術の進化がありますし、若者のコミュニケーション活動にも大きな影響、多様化をもたらしています。

――なるほど。「多様化」という要素も昨今の若手人材を表す1つのキーワードになりそうですね。

そうですね。ただ、昨今の若手人材は多様化しているとよく言われますが、それだけでなく私自身は「多重人格化」してきていると感じています。1人の人間のなかに、何個もの人格があるんです。たとえば、先生と話す自分、友達といるときの自分、バイト先、推し活の仲間と接するときの自分……など、無理なく使い分けをしているんですよね。決して自分を偽るというわけではなく、切り出す部分を変えているイメージです。SNSでの“本アカ”、“サブアカ”などの概念も、ここに紐づいているのではないかと思います。

従来の企業内研修のやり方が、若手人材に物足りなさを感じさせてしまう

――昨今の若手人材の「キャリア観」に特徴はありますか?

会社よりも、「自分」を基軸にキャリアを選択する傾向がありますね。良く言えば、自分がやりたいことが確立している。一方で、自分の価値観を曲げたくないという特徴も見られます。そのような世代の人たちにとって、会社のスタイルを押し付けたり、社会人だからこうすべきだという理論で話をしてもまったく響きません。ですから、彼らの軸に合わせて「どうすればこの会社で自分のやりたいことを達成できるのか」「そのために今何をする必要があるのか」を伝えていく。いわば“翻訳”が必要なわけです。でも、その翻訳もただ若者目線で翻訳をすればよいという話ではなく、10人いたら10通りで、相手の価値観に合わせて翻訳することが求められているのではないでしょうか。

――“翻訳”については、誰がどのように行うことが効果的だと思いますか?

やり方はいろいろあると思います。たとえば、直属の上司やOJTトレーナーだと評価などに影響してしまうため配慮が必要です。「違う部署にいるが本人の価値観に合う先輩」のような“ななめの関係”をつくることで、損得勘定抜きで会話できる”翻訳”者を用意してあげると良いと思います。あとは、横のつながりも大切ですね。たとえば同期が100人いたら、5人くらいは似たような価値観を持っていたりしますので、同じ価値観を持った若手同士をつないで一緒に考えてもらう。会社側がすべて翻訳してあげなくても、自分たちで翻訳し、咀嚼していくきっかけを作ってあげることも有効なのではないでしょうか。

――若手人材の人間関係の築き方については、どのような印象を持っていますか?

少し前の「ゆとり世代 」と言われていたような人たちは、「ワークライフバランス」を重視し、なるべく会社の人とは業務外の交流を持ちたくないという側面があったように思います。ところが、近年の若手世代はむしろ“バランス”という感覚が少なく、ワークもライフの一部として捉えている印象を受けます。実際に若者たちと接していても、「もっと上司と関わりたい」と話す人たちが多いんですよ。そういう意味では、上司側が気負いすぎず、もっとフラットに距離を縮めてみてもいいんじゃないかなと思いますね。

――それらの特徴や傾向を鑑みたときに、企業内の若手人材育成において、どのような問題が生じていると感じますか?

まずは従来の教育の枠組みや研修のやり方が、今の若手人材に本当にフィットするのかということを考える必要があると感じます。たとえば、新入社員の導入研修を例に挙げると、ワークショップを取り入れたりする企業も増えてはいるものの、依然として業界知識や業務内容、ビジネススキルのインプットが中心の教育が行われているのではないかと思います。ところが、今の若手世代は、大学の授業やゼミで「ネットや本を通じて自分で調べたものを、どう解釈して考察を深めるか。どのように他者にアウトプットするか」という教育を受けてきています。そうした教育スタイルのギャップが、若手人材に物足りなさを与えていることが否めません。
実際にファーストキャリアの“2023年度新入社員調査レポート”においても、「導入研修の印象がない」と答える新入社員が多いことに驚きました。本来、導入研修は初めて社会や組織と深く関わる場面として、新入社員たちも大きな期待感を持って臨む機会であるはずです。でも、実際はそこまでのインパクトがなかった。そのマイナスのギャップこそが問題であり、もっと彼らの実態に沿ったアプローチを検討していく必要があるのではないでしょうか。

ブランディングやマーケティングリサーチの視点で研修を設計する

――「昨今の若手世代に届きやすい研修」という観点においては、どのようなアプローチが有効になると考えますか?

先ほどの“翻訳”の話にもつながりますが、全員に一律のしかけというよりも、個々人の価値観や興味などを軸にチームを細分化し、チームごとに切り口やミッションを変えるなどの方法が1つです。マーケティングにおける、「パーソナライズ化」の概念ですね。
あとは研修のなかで同期同士の交流が深めやすい仕組みだったり、社内の先輩たちを積極的に巻き込むことも効果的かと考えます。特に新入社員の導入研修においては、「会社を好きになってもらう」「配属後へのモチベーションを高める」という副次的役割もあるはずです。その際の1つの手段として、年の近い先輩をはじめとする“社員の魅力”は大きな切り口になりますし、多様なロールモデルを探せる環境をつくることで、新入社員の価値判断軸を増やすことができると思います。

――研修を、会社の魅力付けやエンゲージメント強化の場としても活用するということですね。

まさにそうですね。マーケティング活動の一環に「ブランディング」という考え方がありますが、現代のブランディングトレンドでは、企業が一方的に自社の世界観を示したり魅力をPRしたとしても、響きにくい時代になっていると言われています。もちろん、示された単一の魅力に対し反応する人も一定数いるはずですが、違う見方を重視する人たちもたくさんいますので、複数の視点から自社の特徴を発信していく必要があるのです。
私自身、採用ブランディングに関する案件も多く担当していますが、1つの視点で魅力を捉え、1つのコンセプトで発信するだけでは、どうしても片手落ちになってしまいます。「多面性」は、インナーブランディング(自社の企業理念やビジョンを社内に浸透させる活動)を行ううえでもとても大切な視点ですし、研修の場にブランディングの観点を取り入れることができれば、会社にも従業員にも双方にメリットがあるはずですね。

――インナーブランディングの観点で、研修の機会を利用して会社としてのメッセージを発信すれば、“導入研修の印象の薄さ”も解消されるかもしれません。

同感です。企業の人材育成にこそ、マーケティングにおける「ジャーニーマップ(ターゲット顧客がサービスの利用に至るまでのプロセスを可視化したもの)」の活用が求められている気がします。ロードをしっかりと引き、各ゴール地点で訴求すべきことややるべきことを明確化する。そのためには、人事部門と現場の連携が必要不可欠です。双方でターゲットやチャネルをしっかりと握ったうえで、従業員の行動変容を促すための施策を考えることをお勧めしたいですね。

――ブランディングのみならず、マーケティングリサーチ的な側面でも、研修の場を活用するという考え方はありますか?

間違いなくありますね。新入社員の導入研修の場合、たとえば診断ツールなどを活用しながら、新入社員自身のパーソナリティを開示してもらうことも有効かと思います。新入社員に自身の「トリセツ(取扱説明書)」的なものを作ってもらってもよいかもしれません。研修時のアウトプットをしっかりと社内で連携すれば、人材情報がうまく活用されることも期待できます。
あとは研修実施後の「アンケート」も、マーケティングリサーチを行うために活用することはとても効果的です。アンケートをまとめ、証跡的に報告書を作成して終わりではなく、“何のために”や“どう活かしたいか”を逆算しながらアンケート項目を設計することが重要ですね。すなわち、研修が“良かった”ことを裏付ける目的ではなく、今後の「進化」に必要な情報収集ツールとして、アンケートを活用していくとよいでしょう。

――人事 × マーケティングの観点で、今後も新たな取り組みが期待できそうですね。本日はありがとうございました。