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INTERVIEWインタビュー

TEX in 福島県浜通り

牛とともに生き、土地を再生させる循環型モデルを広げる

ビジョナリーリーダー
『リーダーズ・キャリア・サミット-TEX』は、企業人と学生が日本の様々な地域のビジョナリーリーダーたちと共に、地域の社会課題に向き合い切磋琢磨することを通じて、影響を及ぼしあう越境学習プログラムです。

今回は、2022年度リーダーズ・キャリア・サミット-TEX(True EXperience) in福島県浜通りで受け入れを担当した一般社団法人ふるさとと心を守る友の会 代表理事 谷さつきさんに、TEXでの取り組みやTEXを経た後の変化などについて聞きました。
PROFILE
一般社団法人ふるさとと心を守る友の会

代表理事 谷さつき

静岡県出身。東京都で勤務後、東日本大震災を機に福島県に移住。一般社団法人ふるさとと心を守る友の会を立ち上げ、「もーもーガーデン」を運営し、大熊町と富岡町で強制避難により手入れができず荒れてしまった農地を牛で回復・再生保全する自給自足循環モデルの構築を目指す。2022年度リーダーズ・キャリア・サミットTEX(True EXperience) in福島県浜通りの受け入れを担当。

避難指示区域での取り組みを全国の耕作放棄地へ広げたい

TEXを受け入れた背景を教えてください。

私は震災後、福島県大熊町で牛の保護をスタートし、2013年に完全移住をします。東京電力福島第一原子力発電所のから半径20キロ圏内は避難指示区域に指定され、立ち入りが制限されてきました。そして震災当時、避難することが叶わなかった家畜は、その場所に残されて命を落とすことも少なくなかったのです。私は家畜救命に奔走する農家の支援をしたいという思いから、地域の方と一緒に活動を続けてきました。

震災から10年が経ち、現在は避難指示区域はある種「課題先進地」といわれています。地方部では少子高齢化や過疎化が大きな問題になっています。強制的に退去を余儀なくされた避難指示区域は、他地域よりも先んじてこれらの問題に直面しているのです。

また、立ち入りが制限されているので農地も手付かずの状態が続きました。大規模な農地は機械を入れて一気に整備していくことができますが、そうではない場所は人力で整備することが求められます。私はこうした土地を、被災地から保護した牛によって、改善していくことが有効だと考えて活動を続けています。

こうした取り組みに興味を持って個人の方が見学しにきてくださることはありましたが、企業との関係性はあまりありませんでした。TEXのプログラムは予想できない部分もありましたが、「色々な可能性を探っていきたい」という思いが強かったので、挑戦してみようと思い、受け入れを決めました。

牛に対して、どのような可能性を感じているのでしょう。

牛は1日60キロの草を食べます。最初は田んぼ2枚の範囲に牛を放ったのですが、あっという間に草を食べ終わりました。牛たちはジャングルのようになった山林化してしまった農地でも、どんどん分け入って草をなぎ倒し食べていくことができるのです。一方で、人が草を刈るとなると、大変な重労働です。

しかも、牛は4つある胃袋で草を反芻し、高級な肥料に変えて排出し、地力を回復してくれます。牛糞には微生物たっぷりおり、肥料で重要な窒素・リン酸・カリのバランスもとてもよい。現在、日本はこうした肥料の多くを輸入に頼っています。牛の力を活かせば、雑草を食べることで、無料で肥料を生み出してくれるのです。今年からは、こうした牛によって再生させた農地で、果物や野菜などの作物を作り、完全自給自足循環モデルを作っています。

日本の農地の7割が中山間地で、そのうちの実に4割は条件不利地で、大きな機械が入れないところも多いです。牛は傾斜45度くらいの斜面は登ることができるので、こうした土地でも環境を改善していくことができるのです。

全国的に、まだまだ牛を活かす可能性はありそうですね。

私は福島県の避難指示区域で行ってきたことを、全国の耕作放棄地の問題にも適用して広げていきたいと考えています。また、最近はクマやイノシシ、サル、シカなどの獣害が大きな問題になっています。牛を人が暮らす里と里山の緩衝地帯に放牧しておくと、それらの野生動物が降りてきにくくなるということもわかっています。この緩衝地帯を「カウベルト」といいますが、このゾーンを設けることで、人と動物の暮らし両方を守ることができます。

牛の土地に対する保全力とガードマンの力。牛にとっての居心地の良さを守りながら、その可能性を最大化させていきたいと考えています。

企画提案が具体的な事業の基盤へとつながった

TEX受け入れに際して、どのような印象を抱きましたか。

実のところ、最初は参加者の方には「この土地の問題は理解できないのではないか」と思っていました。首都圏のビジネスパーソンや学生の方に、年に3回も草刈りをしなければいけないことや、先祖が大切に守ってきた土地を自分に代で荒らしてしまう罪悪感などはとても理解できないだろうと思っていたのです。江戸時代のように土地に張り付いて農業をしていた時代ならばともかく、現在は人の力だけで土地を守っていくことはとても難しいことです。私自身が東京で働いていた時に、このような状況を想像できていなかったからこそ抱いた懸念点でした。

しかし、その不安はすぐに打ち消されました。TEX参加者の方は、「課題を解決するために来ている」という熱量が高く、どんどん調べてどんどん提案してくださったからです。本気で考えようとしてくれているのだと感じ、私自身も本気で取り組まなければいけないと、気合が入っていきました。

各チームからはどのような企画が出されましたか。

各チームからは、「企業向けスタディツアー」「マーケティング・ブランディング」「研究機関アプローチ」などの提案をいただきました。「企業向けスタディツアー」は、大企業の研修の一貫で足を運んでもらい、課題を理解して、解決のヒントをもらうプランです。近年は、地球環境問題や日本の自給率の低さから、「変わらなければ」という課題意識を持っている企業は少なくありません。そうした企業に対して、地域課題を素材として販売するというこのコンセプトはとても新鮮でした。

「マーケティング・ブランディング」チームは、クラウドファンディングを実装するところにまで具体化してくれました。どのサイトがよいかや消費者の動向などを分析して、実際にページを作成。その後、支援を募りました。現在、ホームページを作成しているのですが、ここでも「マーケティング・ブランディング」チームが練ってくれた表現を使わせてもらっています。

地域と企業のビジネスパーソンとで共創できる貴重な機会

谷さんにとってTEXはどのような機会になりましたか。

前半の企画提案をいただいた段階で、「今後私の事業を継続していくためには、どれも役立つものだからすべて取り組みたいです」と伝えたほど、私の背中を押ししてくださる機会になりました。心からありがたい企画提案をいただいたと感じています。

また、「ここまで考えてくれてたんだ」という驚きや感動もあり、非常に励まされました。しかも、プロジェクトを検討する際にも私のポリシーをすごく大切にしてくださったので、安心感を持って進めていくことができました。私は心からTEXを受け入れてよかったと思っています。他の地域のリーダーの方々にも、すごくおすすめしたいです。

TEX参加者の方にはどのようなメリットがあると感じましたか。

地域で頑張る方と共創できる貴重な機会になるのではないでしょうか。おそらく、私が最初は何を言っているかわからなかったと思うんです。異文化コミュニケーションのような状態で、頭を柔らかくして考えざるを得なかったのではないでしょうか。

想像力と創造力をフルに発揮して、多様な角度から私の目標を紐解いて、発掘し、プロジェクトを具体化してくださった。元々の能力や耐性が高いみなさんでしたが、TEXによってさらに成長することができたのではないかと思っています。

取材日|2023年4月11日