TEX in釜石
参加者の成長とともに完成した「SDGsプログラム」
今回は、TEX(True EXperience)ーリーダーズ・キャリア・キャンプ in釜石で受け入れを担当した株式会社かまいしDMC 河東英宜さんに、TEXを経た後の変化やTEXをきっかけに誕生した事業などについて聞きました。
代表取締役 河東 英宜 さん
釜石市出身。大学入学を機に東京都へ。大学卒業後、出版社へ入社。観光事業の責任者を務めた後、2018 年 4 月にかまいしDMC設立を受け、Uターンを決意。2020年度TEX(True EXperience)ーリーダーズ・キャリア・キャンプ in釜石の受け入れを担当。
異なる視点や意見を期待してTEXをスタート
TEXを受け入れたきっかけを教えてください。
色々な企業で働く方や学生が集まり地方の問題を考えてくれることに対して、純粋に「非常におもしろい取り組みだ!」と感じました。そこで、ぜひ釜石を題材にしてもらいたいと思ったんです。それに、地方創生は、日々の細々とした事業の積み重ねで、とにかく目の前の課題に次々と対応していかなければいけないため、中長期的な課題に向けたアプローチが見えにくくなりがちです。TEXに参加いただいた方には、私が忙しさの中でつい見落としている視点や異なる意見、それぞれの知見を活かしたアイデアをいただけると考えました。
TEXは、参加者の方にとっての越境学習のプログラムですが、こちら側も越境して何か得られるに違いないと楽しみにしていました。
河東さんは東京からUターンなさって、釜石という地域に関わることとなりました。そうしたご自身の経験からも、別の地域や組織で得た知見は釜石で生きるはずだと考えていたのでしょうか。
私は30代のころ、海外の観光局の事業で、観光地ではない場所に日本人旅行者を渡航させるプロジェクトを行っていました。これは、メジャーな観光地をまわる観光ではなく、途上国の学校で授業をしたり、ボランティアをしたりといった特別な体験を用意することで、あまり有名ではない都市にも日本人を渡航させるというプロジェクトでした。
このプロジェクトにたくさんの引き合いがあった経験から、釜石でDMOを始める際、観光スポットの少ない釜石でも人を呼び込むことはできるのではないかと考えました。とはいえ、釜石はベッド数が少なく観光だけで地域を盛り立てていくのは難しい。そこで、観光を担う旅行マーケティング事業だけではなく、釜石の特産品のプロモーションやブランディングに取り組む地域商社事業、加えて市内観光施設の管理やイベントを開催する地域創生事業も行うこととしました。
TEXの参加者からも、ご自身のこれまでの経験を活かしたたくさんの発想が出てくることを期待し、こうしたかまいしDMCの概況を伝えました。
ビジネスモデルの提案を受け、実装につなげる
実際にTEXに参加してどのような印象を得ましたか。
全編オンラインによる実施だったにも関わらず、地域のことを自分ごととして真剣に考え、チームで作ったビジネスモデルを熱量高く練り上げてくれました。私としては、「別なものの見方」をもらうことができたという感覚です。情報の切り取り方や見せ方、考え方など非常に参考になりました。
また、TEXのプログラムを続けていく中で、企画がどんどん洗練されていくことも感じました。おそらく参加者の皆さんも自身の成長を実感していたはずです。最終的には、「自分でプロジェクトを立ち上げる」くらいの気概を感じるビジネスモデルをご提案いただきました。釜石に住んでいるわけではない方々が、釜石のことを真剣に考えている姿に感動しました。
具体的にどのようなビジネスモデルが提案されたのでしょうか。
1つのグループからは、「虎舞企画」が出されました。釜石には獅子舞の一種で虎の頭を持って踊る虎舞という伝統芸能があります。この虎舞のコンテストを学生を巻き込みながら全国で開催することで、伝統芸能を継承し、釜石のPRにつなげていくプランを提案してくれました。
また、「未来釜石市民疑似体験プログラム」を提案してくれたグループもありました。これは、釜石を訪れた人たちへマイレージを付与し、ある程度貯まったら第2市民カードを付与するという企画です。現在、この「カマイレージ」企画は地域の実情に合わせた形で実装しつつあります。LINEと提携してポイントカードシステムを利用し、ワーケーションに訪れるとマイレージ(ポイント)が貯まる仕組みを構築しようとしています。マイレージが貯まると、名産のウニしゃぶ鍋が食べられるなどの特典の企画も練っています。
現段階でワーケーションの方に対象を絞っているのはどうしてでしょうか。
現在、釜石でのワーケーションは個人ではなく企業単位で受け入れているためデータとして可視化しやすい状態です。こうしたワーケーションで訪れた方を組織して、関係人口よりも深い「つながり人口」を築いていきたいと考えています。もしかしたら、そうした方々が釜石の事業に寄与してくださるかもしれませんし、サテライトオフィスを導入してくれるかもしれません。また、ワーケーションの方々が集って、プチTEXのような場ができる可能性もありますね。そうした輪を広げていきたいと考えています。
他にも、実装につながったことはありますか。
TEXの後半の価値実装フェーズでは、SDGsの17の目標を釜石に落とし込むプログラムを検討しました。東日本大震災による津波で釜石は甚大な被害を受けました。その後、「持続可能な社会の実現」を最重要課題とし、復興まちづくりに取り組んできました。TEX では、DMCのメンバーが増えたような感覚を得るくらい、真剣にディスカッションが行われ、実行につながる様々な提案がなされました。実際にここで出されたアイデアは、「みらい釜石 SDGs プログラム」の一貫として、現在実装されています。参加者の成長とともにプログラムがどんどん磨かれていく過程が非常におもしろかったです。
釜石市は、海と山に囲まれた自然豊かな地域です。完成したプログラムの一つである山林保全につなげていくための里山整備プログラムは、家具メーカーの方が参加してくださり、高い評価をいただきました。また、一見美しく見える海にもマイクロプラスチックが浮遊しており、その回収について考えるプログラムも現在取り組んでいます。
こうしたプログラム企画の難しい点としては、林業や海洋ゴミの課題をSDGsの観点で話せる受け入れ者が必要であるということです。そうしなければ、研修で訪れた方のニーズは満たせません。プログラムを実装していくための働きかけはまだまだ続くと考えています。しかし、TEXによって大きな一歩をいただけたことは大変ありがたいことでした。
自身の内省の機会となり、地域の中での信頼関係が深まる
事業についてのプラスの効果の他に、ご自身にとってTEXはどういった機会となりましたか。
TEXは自分の内省の機会となりました。3カ月間に渡り、参加者の方から自身の事業について質問されることで、「ここは不十分だったな」「ここはわかりにくいな」といったことを把握できました。こうした振り返りは、講演などでも役立っています。
TEXを受け入れたことで、地域における変化はありましたか。
副次的な効果として、SDGsプログラムの作成について話し合っていく中で、地域の各組織の得意不得意がわかったり、信頼関係が醸成されたりしました。地域の協力関係ができたことで、修学旅行など大規模な受け入れをスムーズに行えるようになったのです。TEXが地域にとっても大きな刺激となりました。
TEXに参加した学生や企業の方々にはどのようなメリットがあったと思いますか。
若い世代で、地方創生に関心を持っている方は非常に多いです。若くして釜石に移住し、DMCの仕事に従事している方もいます。TEXでは、実際に自分が地方でどのようなことができるかを体験することができます。地域での仕事に興味がある方は、まずこの機会を利用して“越境”してみるとよいのではないでしょうか。
実は私も、東京で働いていた時に自社内だけでなく旅行業協会や大使館、各国の観光局の方と事業を推進する “他流試合”を大切にしていたんです。多様な人々の視点を知り、専門性や経験を掛け合わせる意義は大きいと感じています。
また、学生にとっては、地域での体験だけでなく、企業からの参加者と対話することも刺激になるはずです。企画の立て方や、スケジュールの進め方など参考になることも多いでしょう。
地域の課題は非常に複雑で、ビジネス書にあるような定石どおりにはいかないところがあります。また、首都圏とは異なり、地域配慮のない事業は他の事業者の足を引っ張ることになることもあります。参加される皆さんは、こうした地方の複雑性を実体験をもって理解し、課題に対峙していくことになります。参加者それぞれが自社のバックグランドを活かしにくい状況で、ゼロからビジネスプランをかたちにしていく体験は、皆さんのキャリアにおいて必ずプラスになっていくはずです。
取材日|2022年2月17日